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INF条約破棄の深刻な意味が分かった

トランプ米大統領になって、めちゃくちゃなことが起きている。イラン核合意からの離脱そしてINF条約の破棄など。東西冷戦でやばかった核戦争=地球が破壊する最終戦争、そしたら人類もいなくなる。そういう怖い予測が何とか止められるのかなという際どい状況が、今日旧に戻っている。技術はさらに発展した。人類が自分たちを消滅させる、そういう状況はますます強まった。
今日、アメリカは中距離ミサイルの実験をした。当然ながらロシアに中国も、これに負けずと戦備拡大を始める。米ロ中の相互疑心暗鬼で、その周辺国にも対空ミサイルの配備が始まる。日本のアショア配備もその一環だ。
2世紀前の哲学者カントが嘆く事態だ。

JNF世論調査によると、韓国への輸出制限処置に6割が賛成。一方で日韓関係の悪化には多くが懸念している。そして、安倍政権の支持51%・・・・・・・・・極めてまずい状況だ。私も韓国の文政権がやっていることに全て良しとは言わない。日韓合意が時の軍事政権によるにしても、国と国の関係だから、落ち着いて対処すべきだろう。従軍慰安婦や徴用工の問題に対し、もちろん、加害者の日本が居丈高に対応できる物事ではないし、被害者個人の怒りを置いた議論であるのはわかるが。

私が分からないのは国民世論である。ネトウヨのような嫌韓まで行っているとは思わないが、韓国への愛情が感じられないのが怖い。韓国の戦略産業を潰すことになる輸出規制に賛成をしておいて、でも関係悪化は困る??

もちろん、世論調査などは調査する側の意図によって、聞き方や設問がどうにもなる。そういうことはわかっているが、終戦・敗戦のこの反省月である8月に、国民世論は明らかに好戦的になっている。嫌な状況である。

昨19日は戦争法が国会で成立した月命日の47回目。国会前で毎月の行動があり、1300人と少なかった。誰も注目しない国会前集会なんか4年続けても自己満足とは思うが、それしかないから、私は言っている。
香港ではこの1000倍が中国の圧政に負けないぞと抗議している。羨ましい。日韓関係が寒く、ましてやホルムズ海峡に自衛隊が出ていくかどうか、大変なのに、まるでよそ事のように、動かない日本人民。
とりあえずは1300人だけだが、焦る老人たちが意思表示することでしかないだろう。

私は4人で明日から中央アルプスに1泊で行くことにしていた。下りは千畳敷からのケーブルカーと楽々なんだけど、天候が悪いので、急きょ止めた。
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開高健「サイゴンの十字架」・・・・・・・いいよ

家族旅行の帰り、伊豆稲取の待合所に古本ボックスがあって、その中に開高健「サイゴンの十字架」があった。
特に、持って行ってはいけないとはなく、読みさしを持ち帰った。ベトナム戦争中の68年と73年の二度のルポである。
すさまじく血が流され、終わりのない混乱。墓地が増え、そこにはブーゲンビリアが死者の養分をすってきれいに咲いている。
犠牲は国民全部、米軍が撤退すればいいというものではない。解放戦線(ベトコン)側に立った視点ではなく、困り切っている民衆への乾いた視線。「北」から「南」に逃れたカソリック農民がいう。共産党が勝利した後には自由がない、上意下達の全体主義国家になる。

和平の73年とは「撃ち方やめ」でしかなく、停戦は極めてもろい。米軍が去り、でも平和とは縁遠い。
その数年してサイゴンに北ベトナムのタンクが金星紅旗を掲げ突入した。その後、大量のボートピープルが出た。南の解放戦線は解消され、北の共産党政権になって今日に至る。開高の本は、政府・反政府どちらに偏っているわけではなくまさに「勝利」後の状況を予言している。だからとても暗い。
べ兵連の運動から離れ、その後は魚釣りに専念した著者の絶望感が想像できる書である。今読んで、良い本である。

「ブント私史」島成郎を読んだ。
60年安保全学連の指導者で、その後、沖縄などで精神医療に従事した。ブントは共産党から分かれた青年たちが作り、60年の安保締結阻止の大衆運動を領導し、安保成立=運動の敗北とともに瓦解した。四分五裂とか崩壊というより、雲散霧消してしまった。その責任者であった島が30年後に書いたもの。情緒的総括といえばそうだが、身の丈の100倍以上の安保決戦をやり、もう持ちこたえられなかったというところがよくわかった。混乱に次ぐ状況で彼はそれをとりなそうとしなかった。緘黙に近い。
1948年のマルクス起草の「共産党宣言」をそのまま同盟(ブント)の規約に使った。とにかく、安保闘争に間に合わなくてはいけないなんて、笑ってしまう。全学連委員長に選んだ唐牛憲太郎への愛情込めた思いなど、なかなか泣かせる。

稲取での海水浴は幸い、台風前で良かった。ただし、疲れが出たか、腰が痛く、静かにしているところだ。

尾瀬は長くて、暑かった

8月3日の深夜バスで尾瀬に行き、昨日夜帰って来た。燧岳を4日に登り、その夜は見晴地区の弥四郎小屋に泊まり、5日は至仏岳を登った。快晴でとても暑く、バテバテになった。4日は睡眠不足、5日はカンカン照りでまいった。尾瀬の2山と、その西北を縦断歩行。今しばらくは登山をしたくない気分だ。
尾瀬1
尾瀬沼の岸辺で燧岳をのぞむ。3時間の登りコースが睡眠不足できつかった。

尾瀬2
燧岳はピークが5つあって、その1つのミノブチ岳から尾瀬沼を見下ろした。下山は山小屋に向けた見晴コース、これが泥だけぬかるみ道で難渋した。

尾瀬6
見晴の小屋から夕方、至仏岳が見えた。雲がかかり、一瞬だけ。

尾瀬3
4日の朝、尾瀬ヶ原から燧岳とその水に移った影。朝から尾瀬ヶ原は日光ギラギラで暑かった。キスゲは鹿に食べられて少ない。

尾瀬4
至仏岳から尾瀬ヶ原そして燧岳を鳥瞰する。この山は滑りやすくつるんと滑りコワかった。岩山のため、森林限界が低、く背中をジリジリと太陽が照り付けた。
尾瀬5
カワラナデシコ。至仏は高山植物が多い。
長い下り坂を時間を気にしながら歩いた。下手をすると帰りのバスに間に合わない事態だった。バスの来るまでゆっくりと戸倉温泉で汗を流して、なんてとんでもない。車中のビールを買い出したら新宿行きのバスが来た。沼田あたりのサービスステーションの暑さはとんでもないものであった。
私の年齢ではちょっと無理な山行だった。


あいちトリエンナーレ「不自由な表現・その後」が中止にされた。名古屋市長や菅内閣官房長官、そして右翼的な連中の電話攻撃で展示会自体の中止に至った。尾瀬に行く前に妨害の動きは聞いていたがよもや、主催者が意図したようなこと=今日はすでに表現活動への政治的な横やりが続き、それに委縮させられる事態になっている。そしてその通りの中止表現となった。我々はすでに戦前の抑圧状況にあるんだという認識を持った方がいい。
慰安婦像を前に歴史を見つめればいいのに、展示自体マカリナランとは情けない。私のこのブログにも正体不明な輩からコメントが来る。「韓国がひどいのは世論」「安倍がおかしいなんて言うのは年寄りのオマエ位だ」。
芸術、表現活動を委縮させた後に何が起きるのか。日韓関係を悪くして、その後、どうするつもりでいるのか。先を考えずに大声を出して夜郎自大に振る舞う。そういう輩が大手をふるう社会にしてはならない。


暑い、とても暑い東京

梅雨明けとともに猛暑が続く東京。先週は北アルプスの山行が台風で延期になり、さてどうしたものか。
明日の夜行バスで尾瀬に1泊で行くことにした。少しはここより涼しいだろう。あまり無理をせず、スケッチ旅ができればいい。

ついに日韓関係は悪くなった。先週ソウル旅行した時点でその兆候はあったが、よもやここまでいくかと残念だ。
実は昨日、知り合いと飲んだ際、その議論になった。その人が韓国嫌いであることは知っていたし、あまりそっちの方に話が行かない方がいいとは思っていたのだが・・・・・・・・・・最悪のパターン。
嫌韓派の彼は、これまでにはない言い方をした。和田さん、あなたはどうしてそう、日本が嫌いなんですか。
エ、エ、エ!
日本が韓国に対し加害者であり、金で解決したとか、河野談話とか村山談話で解決したというのは間違い。その右翼氏も私が言うことにフンフンといいつつ、「どうしてあなたは日本が嫌いなの」といった。これは駄目だ、話をしても落着はしない。
ネットでは真偽不明のことが流れているようで・・・・筑紫哲也や土井孝子は韓国人ダッタ/福島瑞穂や辻本清美は左翼暴力団の関西生コンから金をもらっている/フッ化水素が30トンのうち20tが行方不明・・・・などといろいろしゃべっていた。そんなことも知らないのかと驚かれたが、ネトウヨというのはこういう人なのか。
あまりおいしいお酒ではなかったし、争いをしないあたしの流儀とは違う、争いを好む人というのがいることを改めて知った。
貴方とはこれで終わりにしよう、と別れた。

大阪製油所を閉じ、千葉が売られる

JXTGは本日、製油所の再編縮小を発表した。
①中国企業との合弁会社=大阪国際石油精製株式会社(OIREC)が運営する大阪製油所(旧興亜石油の大阪製油所)を来年10月に閉鎖し、VRCの発電所を再稼働させる。
②OIRECに千葉製油所を譲渡し、輸出基地とする検討に入った。

私が株主総会でいったのが引き金になったなどと、馬鹿なことは言わない。遅きに失したといえる。他に、麻里布製油所のベトナム石油との合弁の話も報じられているし、これからバタバタと動くのだろう。
それにしても場当たり的な感じがする。大阪閉鎖し、売電オンリーとなれば、250人の従業員は50人程度になろう。早期退職があるかもしれないが、基本は工場間の異動で吸収させなくてはいけない。だったら、新入社員採用を減らすなどやっておくのが普通だ。それをせずに・・・・・・これからが大変だろう。

悔やまれるのは、OUの組合が千葉に残っていないことだ。
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