タイの方が涼しいらしい

タイにいる友人からのメール・・・・・・・・・・タイは暑いかなーと思って来ましたが、最近は日本の方が暑いようで驚いています。
こちらは雨期なので雨や曇りがちの日が続いており、最高温度30℃+程度です。なんかタイで避暑?のような変なことになっていますね。

最高気温が40度になる日本は、亜熱帯どころか熱帯である。数日前の城ヶ島の岩場ではごみの中に水クラゲがいっぱいいた。中に赤い毒クラゲもいた。8月クラゲ到来が、海水温上昇でどんどん早まった。

瀬戸内海中心に襲った集中豪雨の被災は200人を超す死者・行方不明そして甚大な家屋や道路、鉄道の損壊をもたらした。被災地では熱暑の中、復興に向けて懸命である。私も若ければボランテイアにも行っただろうが、赤十字に寄付することしかできない。貧者の一灯である。福岡県の朝倉市から被災1年で復興した、そのお礼の手紙が来た。あの豪雨から1ねんしかたっていない。天災は想定外で起きるなんてのんきなことを言うべきではない。常時備える体制を。

嘘つき内閣・安倍自民党政権はこの被災当日に赤坂で飲み食いをし、Vサインをしてはしゃいでいた。オウム事件の7人死刑の前祝いか、幸徳秋水らをデッチアゲ殺した大逆事件に次ぐ「快挙」なんてなかなかできるものではない。
政権は、被災自治体とは違って俯瞰した緊急援助ができる。緊急予算を組まなくてはいけないはず。ところが、自党有利の参院定数増やカジノ法案を通すことに専念した。被災地に冷たい。こういうときに役に立たない政権や国会というのは一体なんだ。

暮れ行く国会
昨日、戦争法制定された2015年9月19日の月命日に当たり、国会前で安倍政権打倒の集会が開かれた。集会の写真をとっていたら、国会図書館あたりの夕焼けがきれいだったので写した。

集会では、安倍政権の腐敗、欺瞞、ひどさに怒り、そして、にもかかわらず逃げ切られていることへのあほかという思いを発言するのが続いた。
沖縄の辺野古では来月護岸への土砂搬入が始まる。病身の翁長知事は行政の立場から差し止めを支持する動き。軟弱地盤で活断層があるのに新基地を作ることの無謀さも指摘されている。
私も暑い沖縄に何日かは行かないといけないだろう。

過労死遺族の会からは、過労死促進の労働法改悪に怒り・・・・・・それとともに、年間2000件の過労死の訴えに対し800件の認定がされていること。訴えること自体、氷山の一角であるが、800人の認定遺家族が毎年あっても、過労死の悲惨を繰り返さない活動をする人は1人もいないというのが実態だ、と述べられた。
過労死を止められなかった家族の屈折した、内にこもる悲しみは、「過労死なくせ」という形で外に向かうエネルギーにいかないのだろう。

集会では、韓国のように100万人デモをやって安倍政権打倒しよう、韓国でできて日本にできないことはない、と威勢のいい話が多い。国情が違うし、民意が低すぎて比較できないんじゃないのかなー。

石油はさらに上がる
150円台のレギュラーガソリン価格が定着し、さらに上がろうとしている。アメリカによるイラン制裁で原油高騰が引き金だが、こと日本では経産省主導の石油企業寡占化が影響した。3つの企業・グループに再編され、業転玉が少なくなった。だから元売りの業績はすごくいい。しかしこれも程度もので、あまり高ければ輸入製品が入ってこようし、消費者も買い控えをする。長期的には電気自動車への促進加速となろう。石油企業は石油からの多角化を急いでいるが、さて間に合うか。
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被災地の惨状にあ然

先週後半の西日本各地区の集中豪雨、そしてその惨状には唖然とする。週末テレビでは、数十年に一度の大雨につき避難をしてほしいと繰り返していた。これは大変なことなんだろうとは思った。ちょうどその夜、九十九里沖の地震があり、東京では震度3だった。私にとっては大地震の嫌な予感をした。
その後、刻々と伝わる惨事をニュースで見ていた。事態は日をおう毎にひどくなった。地球は温暖化し、暴力化していることを実感する。

こういう時に自民党は赤坂で、あるいは京都で飲み会をやっていた。また、国会ではカジノ法案を通すため、国土交通大臣はそれどころではないはずばのに審議を強行している。奴らには物事の軽重判断がおかしくなっている。

私にできることは義援金を送るしかない。暑くて大変だろう被災者には、申し訳ない。頑張れ!!

本日は福島原発事故の刑事訴訟で、9時からの傍聴券が当たるようにと並んだ。前回に続き今回も当たった、7戦3勝だ。今回は初めて傍聴した。法廷に入るのに、飛行場での手荷物検査同様に手をあげて検知器を全身調べられた。傍聴席に座るのも大変。30分近く整列し待機した。

午前中だけの公判。刑事側、弁護側、そして裁判官が証人に質問した。証人は東電の土木技術者で、あの津波前に社内での防潮堤建設の検討が陸上嵩上げ、海上新設とあったが、いつのまにか検討中座したことを証言した。継続的に傍聴していないので、あまり内容はよくわからなかった。

裁判所の出口では、今市事件は冤罪とのアピール行動があった。女子生徒が殺され、犯人が捕まらず迷宮入りかという中で「解決」した事件で、偽ブランド物を売って捕まった若者が別件逮捕、自白という典型的な冤罪事件だ。物証が何もないのに、心証で犯人とされた勝又被告。地裁では自白の一部のみ録音録画を見せ、犯人心証を裁判員に与え、無期の判決となった。

別件逮捕というのは冤罪が起きやすい。ビラを見ての感じを言えば、明らかにくさい。

出光と昭和シェルの統合が決まった。

オウム、一気に死刑

死刑制度は国家による敵討ちであり、残酷な封建制度の遺物である。被害者家族がすっきりしたというが、加害者家族の悲しみも新たに作る。ましてやこのオウム事件の真相はどこまでわかっているのか。村井がオウム作戦の多くを指揮したといわれるし、奴の殺され方も不可思議だ。警察庁長官の襲撃だって、一体誰がやったのか?

麻原は精神異常を装って公判拒否したのか、本当に異常だったのか。もし後者ならとにかく縛り首にしたというだけだ。

オカルトが人の心の隙間に入り込む。その状況は20年前と変わらない。どうして優秀な彼らがあの暴走に至ったのか、やってしまったことを告発してもらう。それこそが最大の教訓だったのに、生き証人を殺してしまった。何ということだろう!!
大体が、上山法務大臣は人権擁護の立場で本来の仕事を何もしていない。モリカケ事件の文書改ざんや財務官僚のセクハラにも何も言わず、今回7人を殺した。歴史に残る愚かな大臣だ。

昨日、私は救急車で搬送された。
福島原発刑事裁判の傍聴券取得のために9時までに並ばないといけない。遅刻しそうになって走ったら、裁判所で気持ちが悪くなった。吐き気と後頭部の鈍痛。座り込んでいたら職員が110番通報してくれた。反原発の仲間が見守る中、虎の門病院へ。こういうの初めてなんで、半身不随になるのかしらとか悪いことを考えた。
結果は問題なし。上さんに連れ添われ、帰った。
急に走ったからなんだろう。年を考えないといけない。

北海道は雨だった

6月27日から7月2日にかけ北海道の旅をした。前半は北大恵迪寮の同室者との懇親会、後半が暑寒別岳と徳舜瞥岳の山歩きをした。往復LCCでレンタカーで動き、ユースホテルなど旅館も安いところですませ楽しい貧乏旅行であった。写真をつけて以下報告

神威岬
28日、積丹半島の先端にある神威岬の先端にあるローソク岩? すごく格好がいい。
余市にあるニッカ工場での試飲は3種類、結構飲ませてくれた。

29日には懇親仲間とバイバイして小樽から滝川へ。その前に小樽の運河をみた。運河は潰される危機があったが、市民運動で保存させ、今では大観光地だ。

夕張岳を歩いてきた山仲間と合流し、山小屋としてはとてもきれいな南暑寒別小屋で泊まり、30日の翌朝、雨竜沼、南暑寒別岳に。天候はあやしい。
雨竜沼、こんな感じ
雨竜沼は尾瀬に並ぶ高層湿原。歩くのは私。花の写真・・・水芭蕉と白花延齢草など花がきれいだった。
水芭蕉
白花延齢草

南暑寒別岳

雨竜沼から南暑寒別岳まで小雨。この日の山行は泥濘8時間ときつかった。

7月1日は大雨。予定登山はやめて、野幌の北海道資料館や開拓村を見た。松浦武四郎の展示が始まったばかりであった。松浦は日記や報告書を書く天才、資料がたくさん残っている。また、アイヌ人への抑圧に涙する人だった。
開拓村では無料ガイドの説明を聞いた。懐かしくて、北大恵迪寮の前では5年前動揺写真を撮った。

2日、最後の日。午後から雨降りの予想。
千歳に近い徳舜瞥岳がいいと、前日、開拓村のガイドおじさんに聞いたのでそこに行く。3時間の往復で北海道100名山の一つに登れるのだ。しかし、行きはよいよい、帰りは大雨、泥んこ下山だった。
徳峻別岳

LCCは安いだけに荷物制限があって、7キロまで。雨でぬれた衣服を宅急便にして、軽くし、娘に頼まれた美瑛のコーンパンを空港内で探したら売り切れていた。

以上のように北海道を有効に6日間回った。1日の夜に焼肉(マトン)食べ放題のせいか、体重は2キロも増えていた。

この間に「働き方改革」の高度プロフェッショナル制度や過労死ラインの残業法制化が通った。国会最終場面で、国民民主党が連合に言われたのか、野党共闘から身を引いたようだ。






来週は北海道へ

27日から北海道旅行に行く。大学の時の寮の仲間と会う。みんな退職したし、積丹の旅をする。
その後、せっかくの北海道なので暑寒別(雨竜沼)の高層湿原などを散策する。
戻るのは7月2日。スケッチができたらいいな、でも天候次第だ。

22日(金)には上さんに午後半休してもらい小石川植物園に行った。東京都心、すぐ近くなのにこれまで行かなかった。赤ひげの舞台、東大理学部の管轄だけあって広く、それはそれは「ここ、どこ?奥多摩?」という感じ。
芭蕉
俳句もこれから手習いしなくてはという心意気で・・・・・・・・はい、芭蕉の前でポーズです。

ついでに23日(土)の反原発デモのこと。
知り合いから、プルトニウムを取り出す再処理反対の浅草デモをやるとビラをもらった。枯れ木の賑わいだろうが、行かなくてはと駆け付けた。本当に枯れ木集団、15人しかいなかった。プロ市民との陰口があるようだが、まさにそれ。少人数のデモに興味をもって写真を撮るのは外人旅行者ばかり。

雨の中、アサヒビールの雲鼓ビルでビールを飲んだ。苦くておいしかったよ。
プロフィール

和田 伸夫

Author:和田 伸夫
全石油ゼネラル石油労働組合の事務局長をしています。
労働問題などに相談がある人は、遠慮なく連絡をください。

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