ひどい会社はむかしからあるけども

18日夜、「ブラック企業に立ち向かう仲間たちの集会」が東京であり、参加した。
19日は孫たちが我が家に来た。
20日は陣馬山からしょうとう山にハイキング。
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陣馬山の頂上下で、ここはレンゲつつじがきれいに咲くところ。まだつぼみだった。

労働組合がんばれ、そうなんだけども
ブラック企業の集会の紹介をする。
労働組合を悪者として非難する大阪市長が市民から喝采を浴びる今日。労働者の権利が紙くずのようになっているのに労働組合の力が発揮されない。東京電力が社会、地域に迷惑をかけているのに、そこの組合は弁解すらしない。ナンダヨー組合って。

私は全国一般なんぶからの集会呼びかけがあり、文京区民センターに遅れて出席した。120人くらい。
ひどい話ばかりだ。
・阪急トラベルの旅行添乗員がみなし労働問題で「週刊金曜日」の取材を受けたら、添乗業務から外された。
・牛丼すき家ではアルバイター残業代未払いで訴えを認め解決したのだが・・・・・腹いせで、店のご飯を無断で食べたと刑事告訴された。結果は不起訴になったが、今もって組合とは団交を拒否し、中労委を相手に裁判中。
・英会話のベルリッツでは春闘ストへの損賠裁判。1億1千万円を労働組合に支払え。1審は却下、でも懲りずに高裁に控訴している。
・大阪教育合同労組。ハシズムの嵐が大阪を覆っている。市役所も学校の先生もみんな口を開かなくなっている。誰がスパイか分からない、そういう職場でいいのか。この少数組合は非常勤組合員のストでファシズムと戦っている。
・宮古島の宮古毎日労組はワンマン経営打破で組合を作ったのだが、少数組合にされたとたんにいじめが激しくなり、県労委が不当労働行為命令を出そうが変わらず、組合攻撃。組合は島の住民と一緒になって戦っている。

こういうブラック企業や行政との戦いの報告があって、そのあとに東京都労働委員会の労働者側委員を16年もやってきた人の話があった。その趣旨は

最近、労働法を知らないブラック企業がのさばっている。それを助長させる警察・司法の動きもある。労働組合なんてちょろい、ということだろう。でもしかし、労働組合があるからこそ、ブラック企業の問題も出ている。やっぱり労働組合なんだよ・・・・・・・そういう感じ。私も労働組合作りこそと言うほうだが、現在ほど組合の社会的信頼がないことはない。

集会で配られた、労働情報紙836号の佐高信の「自評」はナルホド。
・・・・私の好きな人斬りルポライターの竹中労は、人間の弱さを見据えつつ、こう喝破した。「人は無力だから群れるのではない。あべこべに、群れるから無力なのだ」。団結とやらを叫ぶ場合も、竹中の子の指摘を根底に置くことが必要だろう。

「ぼくらの仲間」事件、そんなのもあったね
ブラック企業許すなの集会後、全国一般なんぶの連中と飲んだ。
沖縄平和行進で彼らは、私などと違ってひたすらまじめに歩いたようだ。南部コースの山を越すルートではおばあちゃんが拍手してくれたそうだ。私は伊江島に平和教育をしてきたので、行進自体は1日しか参加できなかったけども・・・・

「やっぱり労働組合」そういわれてもどうなんだ!今更そういわれても白けちゃうな

そんな話から、20年前の「ぼくらの仲間」事件に話が飛んだ。
20年前、新橋にゼネ石の組合事務所があったころ、私が組合専従をし、東京南部の労働運動を発展させようと張り切っていた。そのときのこと。
春闘でストをやろうと、数年、JC回答にあわせて左派系の組合でストをやった。その集会ビラに私が作ったのだが、「ぼくらの仲間」と各組合の短信紹介をした。そしたら、全国一般の女性組合員のある分会が「これは男たちの集会、女性を排除するもの」と集会から抜けてしまった。
その後、彼女たちとの話し合いがあったのだが、懐かしくも腹立たしい出来事だ。それが飲みながら出た。

和田が突っ張るからいけない。糾弾されたらごめんなさいと謝ればいいのに・・・・・・
私が言ったこと。
謝ったさ。ただし、批判するならば女性もストライキ準備の打ち合わせにも加わるべきだ。自分はお客さんで、出てきた者が気に食わないということはないだろう、そういったはず。

懐かしいが、相変わらず今日的な問題だ。

つけ麵が腹に重い

昨夜から天候大荒れの予報である。今のところ、冷えて雨が少し降る程度。池袋のつけ麵の有名店で食べたのだが、SサイズでなくMを頼んだのがまずかった。煮干だし。うどんのようなおいしい麵だが、腹にずっしり。夜中、重かった。年齢を考えた食い方をしないと・・・・・・

月1回発行の組合新聞「悠YOU]の原稿書きの時期になった。女性の生理の気持ちが分かる、
何とも重い。今回は、6月1日に会社が変わるのでそのことを避けるわけにはいかない。

エクソンモービルが去り、東燃ゼネラルが日本企業として自立する。しかしその前にはイバラどころか地雷まじり、難行苦行が待ち構えている。そういう発信をしなくてはならない。甘くないといわなくてはならない。
気が重いがそれが私の使命だからしょうがない。

ギリシャでは取り付け騒ぎに

ヨーロッパ統合は急ぎすぎた。ギリシャは統一貨幣ユーロの恩恵を受けてきたが、今はリーマンショック後の経済危機でそのしっぺ返しをされている。統合時の経済力で各国の貨幣価値を決めたのがそもそも安易。ギリシャ人は働かないとか、公務員ばかり、税金を納めないから現在の破綻になった・・・・そういうこともあろうが、財政再建のために緊縮政策を押し付けられた。国民は怒っている。政権すら発足できない。そして取り付け騒ぎ。

反発し動揺する国民には同情するが、でもどうするの?

ドイツはユーロ安で輸出産業が好調だ。ドイツ国民はギリシャへの支援に拒否感が強いというが、別の見方をすればドイツほどユーロでおいしい目をしたところはない。ギリシャ国民がドイツを嫌う気持ちが分からないでもない。

ここはユーロという、早すぎた貨幣をやめる方向を模索したほうがいい。続く南欧危機を前に舵きりをしないと大混乱を起こす。浜のり子先生は早くからそういっていた。

新聞を開くと、株価ストップ安の黒印が続く。ヨーロッパの混乱はすぐに日本にも波及。東電株は藻屑でしかないが、TG株も730円台にじわじわ下がっている。それでもシェルやJXに比べるとまだ下がり方は少ない。私の時下資金は目減りしていくナー。

伊江島最高峰
この前の沖縄旅行。実は上さんもいっしょに行った。伊江島の最高峰・城山で。

静かな辺野古の海

沖縄平和行進のことー2

12日に辺野古の基地建設予定地に行った。米軍基地のフェンスには黄色のハンカチなど反対派がくくりつけてあった。遠くに見える島のあたりにV字型飛行場を作る、という。のったりした波が打ち寄せる砂浜なのに、金網が邪魔をする。

地元の反対を押し切ってアメリカに基地建設の空約束するのが我々の政府。全く情けない。
辺野古の米軍基地の金網
炎天下、基地建設に反対するテントを訪れたが、伊江島フェリーの時間が押せ押せでパンフレットをもらっただけ。1000円カンパして、バイバイした。
辺野古、浜昼顔
砂地に昼顔の一種が生えていた。

南西は、若い組合員がおりいいな
南西労組は4年前にTGからペトロブラス(PB)に売却された。PBは中国への石油供給元として南西を手に入れた。積極投資計画があったのだが、リーマンショックで頓挫。TG時代からずっと低空飛行の製油所運転を続けている。にもかかわらずPBは新人採用をしているので、組合員が低年齢化し女性も複数いる。

PB後に入社した人たちが、懇親会や伊江島合宿そして平和行進にたくさん参加していた。中途採用者が多いからかもしれないが、以前から南西労組を知っている私からすると意外なほど、人見知りがなく、自分の意見を言う。

そういう若手と中堅が一緒になって組合をやっている。誠にうらやましい。

南西では春闘の回答が10日に出た。一律5500円の賃上げ、ボーナスは沖縄4・5か月、東京事務所6か月。昨年の賃上げゼロに比べれば、要求額よりは低いが、良かった。

6月を向かえ私の居場所も変わる
6月1日、EMCが日本から「撤退」し、TGが自立する。組織替え、うまくいかないシステム変更とそれなりにざわついている。しかし、私にはあまり関係ないと思っていたら、川崎工場1階、事務部の執務机が移動することになった。

大部屋から、廊下を越した2人個室に移る。空調の「師匠」と一緒の部屋なので、仕事はやりやすくなる。ただし、大部屋で若い女性と楽しい話ができなくなり、淋しくなる。

1/3の住民が戦死した伊江島

11日午後便で沖縄へ行き、昨日13日の最終便1つ前に帰ってきた。動き回り、飲んだのでさすがに疲れた。
沖縄返還40年の5・15を前にした平和行進への参加だ。南西石油労組が「行進」前に伊江島での平和教育を計画してくれた。私にとって平和行進は初めて。
南西の皆さん、総勢20人を移動する大変なご苦労をかけました。ありがとう。

伊江島のこと
本部半島から5キロ、5000人ほどの島だ。屹立する城山172メートル以外はまっ平。1945年4月15日を前後して米軍上陸と日本軍防衛隊が激戦した。防衛隊には軍人だけでなく、住民が組織されていた。だから竹やりしかない住民が突撃する惨劇が起きた。米軍は機関銃だ。逃げ延びたガマでは集団自決。
アパシャガマ、150人の住民が集団自決した。
伊江島 艦砲射撃や機銃跡
当時10才、中学生だった宮里さんが昨日起きたように話してくれた。

伊江島では、3500人が死んだ。その内、住民が1500人。米軍捕虜になった住民3500人は慶良間の収容所に連れ去られ、2年間島への帰還が認められなかったという。

民宿「ぎぼ」に泊まり、伊江牛のバーベキューを食べ泡盛を飲む。宮里氏によると昔語りを話す機会は年2回程度という。もったいない。フェリーで修学旅行生がたくさんみたが、彼らは島の惨劇を知らずに旅行していくだけなんだろう。

13日の平和行進は北側コースを宜野湾市役所から加わった。500人くらい。5キロの炎天下歩いたが、日の丸右翼が街宣車でずっと嫌がらせ。
デモを見る町の人達は東京と同じく無関心、ちょっと意外だった。官公庁の組合ばかりで民間の組合の参加は本当に減っている。

3コースの行進団が集結し2時から県民集会。われわれはその途中で抜け出し、海辺でビールを飲み、そして打ち上げ宴会に・・・・大雨が降ってくる中を空港に向かった。
プロフィール

Author:和田 伸夫
全石油ゼネラル石油労働組合の事務局長をしています。
労働問題などに相談がある人は、遠慮なく連絡をください。

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