春の高尾山

3週間ぶりの高尾山、随分と春めいていた。スミレが1輪だけど見れた。南高尾から20キロ近く、5時間。今日会った63歳の人の話は身につまされた。

その人は足を引きずるような歩き方で、地元の老人が散歩に来たのかなという感じだった。でも歩き方が早いのだ。
Iさんは3年前まで宮崎にいた。連れ合いが7年前になくなり、2人の子供が東京・横浜におり、こっちに来なよと誘われ、町田に一人で住んでいる。まだ子供のところにはいかず自活。PCを学び、州3日の「面白くはない」仕事をやっている。仕事のないときは山登り。でも、8年前と4年前に腰の狭窄症で手術し、無理は出来ない。高尾に週2日くる。若いときは屋久島、霧島、祖母山にと九州の山を重いテントを持って歩いた。ジョギング、ゴルフも趣味。そういう腰に悪いことが50台に出てしまった。

郷土を離れ、友人もいず、さぞや大変だろうな。ましてや妻を亡くした男はどうしたらいいの?身につまされた。

宮崎は家畜の病気で大変だったね、と聞いた。
詳しくは聞かなかったが、Iさんは畜産関係の仕事をしていた。
「豚も牛もかわいそうだよ。とにかく口蹄病は生体が生きている限り病原菌は生きているから殺傷するしかない。そうはいっても中国南部は病気が常態化している。どうしたって入ってくる。鳥インフルも同じこと。豚や鶏は弱いから抗生物質漬け、ちょっとした事で死んでしまう。とにかく柔らかい肉、早く成長する、日本ではそういうことが大事にされる。その点、アメリカは違う。病気に強い遺伝を伸ばし、病気に強い飼い方をしている。われわれが食べる肉や卵は抗生物質漬け。こういうやり方はいけない」
山歩きも玉には勉強になる。

今度。一緒に高尾に上るときは連絡しましょうね、と携帯電話に互いの番号を入れた。
大洞山で彼は来た道を戻り、私はその先、高尾に向かった。
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高尾の天辺、白アセビが鈴なりに咲いていた。

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