休日の読書

この土日、少し疲れたし腰の具合もちょっといやなので、どこも行かず家で過ごした。
1週間ぶりにやって来た、4カ月の孫は生意気にひとみしり。母親以外は受け付けない。涙を流してギャーと泣かれた。

春になって咲くようにチュウリップやクロッカス、それにえんどう豆を植えた。

少し前になくなった、広告批評の天野祐吉の新書「成長から成熟へ ーさよなら経済大国」を読んだ。難しくないし一気に読めた。広告批評を通した文明批評だ。

エッセンスは・・・・
大量生産と大量消費の歯車を回し続けるためには、消費者の「ほしいもの」を次々に送り出さなければならない。そのための広告だが、今日買わせるものがもうなくなっている、という。
「それなのに」とフランスの経済哲学者ラツーシュはいっている。「この有限な惑星で限りなき成長がいつまでも続くと信じているのは、単なる馬鹿とエセエコノミストだけだ。が、困ったことにいまは、エセエコノミストと馬鹿ばかりの世界になっている」

末尾は、哲学者・久野収の次の話を紹介
「中国の皇帝は芸術作品を一品、二品と格付けしたがその審査では計れないが、個性的ですぐれているものには絶品、別品として認めた。別品・逸品・絶品というのは非主流だけど、時を経ると、どちらが一位であるかわからないような状況の生じる可能性がある」

別品。
いいなあ。経済力にせよ軍事力にせよ、日本は一位とか二位のかを争う野暮な国じゃなくていい。「別品」の国でありたいと思うのです。
  これが遺言となった。


続いて、岩波ブックレット「日本人は民主主義を捨てたがっているのか?」想田和弘を読んでいる。
本の見出しは、この間、なぜだと思っていた私の気持ちそのものだ。現実を直視するためにも読む。

大阪の橋下人気、そして安倍自民党政権の発足。
自民党の改憲案が戦前回帰そのものにも関わらず、国民は反発せず投票ボイコット・低投票率で対処。その結果、「熱狂なきファシズム」が着々進んでいる。そして今や特定秘密保護法の成立だ。
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