福島を忘れるな

「原発のない福島を!県民大集会」で、いわき市文化センターに行って来た。
朝8時過ぎに諸井君がOBの岩崎君を載せて池袋のわが家近くに迎えに来た。一路いわきへ。岩崎からは、和田くびになるなよと心配された。

あの水素爆発から3年。事故の後始末は拡大する汚染水をはじめ、何ら解決していない。当初の反原発の世論も、「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」「人の噂も75日」、徐々に関心は薄れている。そして再稼動に原発輸出の動きだ。福島は14万とも20万ともいわれる人たちが疎開し、不自由な仮設で暮らしている。明日が見えない中、自殺が38人、原発事故関連死が1664人。福島はもだえている。
山口や北海道でも福島を忘れるな、原発再稼動反対の集会が開かれたという。

いわきの集会は開始前、浜通りの集落の映像が流れた。地震前、地震直後、そしてしばらくたった後と複数の集落を定点ビデオ。バックミュージックだけで何も注釈がない。
あまりの変わりように、泣けた。

県民集会は福島、郡山そしていわきの3会場で同時に開かれた。全部で5300人。郡山主会場の様子が一部映像で流された。堺支部の2人は郡山で参加した。集会発言を以下メモった。

大江健三郎さんは、高齢ながらこういう集会に来て話す、えらい人だ。
原発は人類と共存できない、未来の世代に責任を果たそうと語った。
第二次大戦の終戦で多くの日本人は「こんなにひどいとは知らなかった」といった。自分に都合の悪いことは知らなかったと言い逃れ、責任回避をした。その反省のなさは変わらない。福島のこの事態を通しても繰り返している。
彼の、日本人への絶望感は深い。

今年高校を卒業した浪江出身の女子高生は、一度も本校舎に入れず、分散した校舎で過ごした。8回も避難所を変えたこと。体内被曝の検査、放射線のモニタリングポストが置かれ、外で遊べない。こういう普通でない生活、未来への不安を述べた。

楢葉町の被災者の自治会長は、政府や東電のうそに怒りをぶちまけた。野田首相は終息宣言をし、安倍首相は国際舞台で放射能は外海に出ていないと言い切った・・・・・・・

有期米栽培の農民は風評被害に泣いていた。全袋検査をし、大丈夫でも福島=危ないと売れない、という。

地元で反原発の運動をして来た石丸氏はいった。震災前、東電は必ず言った。岩盤まで基礎が届いているので大丈夫と。ところが、これは真っ赤なうそ。実態は阿武隈山系からの豊富な地下水が原子炉をとおり、放射能の沼地になっている。汚染水タンクは増え続けている。

4号炉では使用済燃料棒を降ろす作業が年末から始まり、現在1/4がようやく終わった。もし落ちたら、それこそ200キロ圏は非難しなくてはいけない。つまり東京も、だ。ここには「落とすな、落ちるな、挟まれるな」との標語が貼られている。綱渡りの世界である。

子どもの甲状腺がんが「疑い」を含め75人、労働者の被曝は9640人が50msv超過・・・・白血病になってもおかしくない。そういう中で外国人に被曝労働のスカウトが始まっている、怖い事態なのだ。
3・8いわき
いわき駅までの1キロのデモを行く前に。久しぶりに組合旗を揚げた。

帰りは渋滞もあり、池袋に7時半に着いた。諸井君は我々を降ろして袖ヶ浦へ、ご苦労、お疲れさん。
水戸近くで買った梅のお土産に、泊まりにきた孫達が歓声をあげて喜んでくれた。
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