ベビーシッターの事件

ネットでベビーシッターを探し、子供をあずけた。その結果2歳の子が死んだ。殺されたという感じだ。
私がすぐ思ったのは、親の責任だ。人身売買だってありうるのにどうして見ず知らずの人に幼児を預けたのか。
2歳の男の子が母親と分かれて知らない大人に連れて行かれる。どんなに怖かったんだろうか。

でも時間とともに少し考えた。
少子化対策と騒ぐ割には保育園が足らない。これは行政の責任であるとともに、政策要求として市民・労働者が声を上げなかった、あるいは声が弱すぎたせいでもある。
おじいちゃん、おばあちゃんが孫の面倒を見られるならともかく、核家族化した今日だ。保育園ん入るのは大変だ。さぞや貧困家庭ましてや片親家族にとって子供は重石であろう。
子供は宝物。みんなで大事にしなくてはいけない。助け合う社会を、それが犠牲になった2歳の子供への弔辞だ。

コラプテイオとは、ラテン語で「汚職・腐敗」
真山仁の同名の小説を読んだ。
権力は専横になり横暴化する。福島原発事故に誠実に反応した政治家が首相となり、結局は日本を元気にするという掛け声で、国民を煽り原発輸出に走る。福島を経験した日本の原発は世界一安全だとの触れ込みで。
国家が全面に原発輸出をするとは核燃料の供給も含む。アフリカの独裁国家でウラン鉱山が発見し、それに介入する・・・・・・・・・・この政治小説は巨大な原発の持つ恐ろしさと、権力のコラプテイオが重なっている。たまにはこういうのもいい。
スポンサーサイト

コメント

行政に対して乳幼児預け入れ施設や待機児童をなくすための対策を推進するよう要求し続けることは重要ですよね。
でも見ず知らずの人間に預けた親に責任とか、預けられた子供はどんなに怖かったのかというのは、違和感あり。
ベビーシッターに預けるというのは、そもそもそういうことだから。
強いて言えば、あのシッターを見抜けなかったのかということでしょうが、現実には難しかったでしょう。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

リンク