今日は秋祭り

池袋・氷川神社の秋祭りで、今日は昼過ぎから神輿の交通整理をやった。
明日もやる。
池袋が村だった頃から続いている。重い神輿をワッセワッセとやるには体力がないが、縁の下の応援くらいはできる。新住民がこういう行事に参加しない問題はここでも同じだ。

読書の秋

開高健「花終る闇」・・・・小説のイメージは出るけどもそれが書けない作家の姿が痛々しい。3年も書いていない。たぶん著者の経験なんだろう。
ベトナムの戦場を体験し、極限に追い込まないことには生きている実感を持てない。女性関係も醒めている。

辛い実体験としてエピソードのように以下の話が出る。
戦後すぐ、父の戦死、飢餓の日常。学校で水を飲んで腹を膨らませた。見かねた友人がふかし芋を内緒でくれた。腹を吹かせていることを隠していたのに知られた。侘しくて悲しくて、それから学校に行かなくなりパン屋で働いた。その3年間の記憶は、ない。意識から抹消していた。
ヨーロッパでたまたま見たビデオ映画が日本の貧しい東北の子供の様子であった。それを見て当時の己と二重写しに見え、泣いた。今ならPTSDというだろう、破滅的な彼の生き方もわかる。

私は戦後6年目に生まれたので、幸い、飢えの経験はない。食い物の恨み、悔しさ苦しさは終生忘れないんだろう。

同じく開高健の短編「一日」。
ベトナム戦争末期のサイゴン。ベトコン(解放戦線)が勝ちに転じているとき、夜間に軽ミサイルで攻撃するのだが、精度が悪いためどこに落ちるかわからない。だから窓という窓には土嚢を積んで防衛した。そういうサイゴンで、友人ジャーナリストがミサイルの破片で死んだ。数時間前に、香草(パクチー)など、屁こき虫だ、食えたものではないといっていた奴だ。たまたま新居に移った、そこには土嚢が積まれていなかった。もう少し屁こき虫論争をしていたら、奴は死ななかったかもしれない。
踏み板はどこで外れるのかわからない、戦争の怖さ。その中でニヒルに生きる著者。
彼がベ平連の創設者でありながら、運動の高揚とともに離れていった。その気分がわかる小品だ。
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和田 伸夫

Author:和田 伸夫
全石油ゼネラル石油労働組合の事務局長をしています。
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