健保の組合会に行ってきました

EM健保の組合会が本日午後にあり出席した。
昨年末、退職議員の補充として立候補し議員になった。
3年任期の最後の半年しかなく、組合会としては初回でかつ最後。
事前に配られた決算・予算をみて、財産の食いつぶしと感じたので、会議ではその点を質した。

<結論>
毎年財産の食いつぶしをやってきたが、ある意味で致し方ない。
組合員の保険給付なら仕方がないが、老人健保補填など「組合員の利益以外のために」
吸い上げられるものが大きく、それも更に大きくなるかもしれない。
そういう中で健全財政といっても空しいものだ。


EM健保にとって(健保連といったほうがいいか)最大の問題は健保制度の一元化=国保救済、
その前に旧政府管掌健保への財政負担=中小企業労働者支援、だ。

社会保険をみんなで支える観点からすれば、金があるところが金のないところを応援するのは当然のこと。
ただし、そうスンナリ行かないのも確かだ。税金と社会保険のバランスをどうとるのかだろう。

会議が終わって「ご苦労さん会」。
ここでは好きなことをいった。

メタボ対策、あんなもの全くいい加減、何が腹回り85センチ以上はメタボだ!ふざけるな、と私。
理事のほうも、あれはきわめて政治的なものでおかしい、といっていた。

usa
これは我が家のウサギ、名前はけんた。オスと思って買ったら、実はメスだった。娘が買ったものだが、なつかないのでいらないと預かった。地面を掘って塒にしている。オランダ産の雑種で、奄美の黒ウサギのようなもの。なつくわけでもないが、まーペットはこんなものか。

もう一度、立松和平追悼
20日が誕生日、59歳だ。翌21日の日曜日、これまで怖くて避けていた立松和平の「光の雨」を終日読んだ。連合赤軍の仲間殺し、粛清テロを書いたものだ。ほぼ事実を書いたもの。革命なんてナニという若い男女に、50年前にその殺戮をやった老人が話す、そういう小説だ。

立松があれを書いた、書いておきたかったのはすごく分かった。1969年の学生運動が結局大学ごとにつぶされていき、どうしようもない状況に、当時の立松も(私も)悩んだ、焦った。真面目に「勝とう」と考えれば考えるほど武器の強化、そして唯我独尊になり余裕がなく純化路線になっていく。その結果があの粛清だった。仲間を殺さなければ殺される!そういう心理を逃げずに書いた。

あの事件以後、カクメイが希望でもないし、誰も語らなくなったね。

幸い、私も立松も連合赤軍には行かなかった。私は同時代に生きながら、彼らのしでかしたことを彼岸のものとしてみなしてきた。でも立松は違う、彼らの軌跡を真面目にわがこととして追った。改めてその姿勢がえらいと思った。

立松は足尾銅山のことを書いた。鉱毒被害者の立場とともに鉱山労働者の悲惨、両面からえぐった。

彼を超えようなんて思わないけど、奴は真面目に生きた。それを考えた週末だった。
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プロフィール

和田 伸夫

Author:和田 伸夫
全石油ゼネラル石油労働組合の事務局長をしています。
労働問題などに相談がある人は、遠慮なく連絡をください。

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