内藤正典「ヨーロッパとイスラム」

岩波新書の「ヨーロッパとイスラム」内藤正典署、副題が、共生は可能か
10年前の著書だが、最近のパリやブリュッセルでの爆弾テロの深層を知るには何も古くない。というか、イスラムを排除し共生できず抗争をあおっている西欧社会の病弊はここに網羅されている。問題はさらに深まっていると思う。

典型例としてドイツ、オランダ、フランスでの移民社会を紹介している。
トルコからのドイツ移民1世は、3K仕事で稼ぎ故郷に仕送りをした。70年代からの不況で移民受け入れが止められると、それを機に故郷の妻を呼び寄せ、ドイツでの家庭を持つようになった。イスラームは出稼ぎ1世の時には存在感がなかった。しかし、ドイツ社会での差別、文化的軋轢から信仰が根付き、トルコ村ができることにより、より隔離が進んだ。2世、3世と進むことでイスラーム色が強まっている。
オランダではリベラルで寛容な風土のため、イスラム社会はほかの国よりも自由に存在できたが、イスラムの顕在化に対しこれまでのような寛容ではなくなっている。オランダ人の寛容とは、相手を理解し受容れるということではなく、無視するというもの。
フランスでは宗教を公共にもちこまないということで、女性のスカーフ禁止でイスラームへ差別を強要。これには左派も右派と同じ。差別がひどく、パリ郊外の高層アパートの貧民窟には就職できない学歴の低い若いマグレブ出身の2世が憤懣を蓄積し、時に暴動を起こす状況。フランス人はそれをうさん臭く見ている。

これは10年前の状況だ。今は9.11以後、共生どころかより排除と抗争に進んでいる。
西欧がアラブを支配し今もって下層扱いしていることがそもそもの問題である。十字架をつけることにはクレームをつけないのに、スカーフは宗教的というフランス世論。おかしな話である。アラブ人やイスラームがパレスチナでイラクで抑圧され殺されている、それはネットで瞬時のうちに伝わる。12億人のイスラームは強弱の程度はあれこれに怒っている。1000人に1人が過激派になっても、120万人となる。
寛容・共生・博愛ということが西欧社会に求められている。トランプのような排除の論理は紛争拡大以外何ももたらさない。

それとともに、著者はいう。西欧は啓蒙主義のもと歴史の進歩を妄信してきた。しかし、イスラムはそう簡単な進歩史観ではない。自分のやっていることが正しいか間違っているか点検する道具として宗教がある。
私はほとんど無宗教だが、こういう視点は大事だと思う。間違うことを侵すのが人間だ。
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コメント

TEDでもやっていたが、日本人の様に寛容な宗教的考えを持ったら良いと思う。
欧米的な偏ったものより、日本的に受け入れる考えがあれば良いのだが…

東燃では宗教の様に崇められてる絶対的な存在がいる。JXと合併するまで専務の靴でも舐めてしがみ付け!100万の交際費少し分けてくれるかもよ。笑

欧州的な文脈での寛容というのは、日本語の寛容という意味合いとは若干違って、英語でいうところのtolerance、つまり相手の存在を「辛抱する」といった意味合いに近いんですよね。北アイルランドでのカトリックとプロテスタントとの関係も同じようなものです。お互いがお互いの領分を侵さずに存立するということです。

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和田 伸夫

Author:和田 伸夫
全石油ゼネラル石油労働組合の事務局長をしています。
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