表丹沢の日帰り。疲れた~

昨日、久しぶりに表丹沢に行った。7時間のハイキングでとてもきつかった。
小田急で秦野へ、ヤビツ峠までバス。そこから塔の岳(1491m)へ、下りは大倉バス停への長い階段下り。登りは陽に首筋をあてられ、上り下りの山道で疲れた。頂上に着いたら天気激変し、今にも雨が降りそう。山小屋でカップラーメンを食べて、下ったのだが、その長いこと。終いには膝が笑う寸前だった。今朝は、節々がかったるく、だるい。

大山
途中の三の塔(1205m)で、真向かいの大山(おおやま1252m)をスケッチした。広葉樹の新緑と杉・檜の濃い緑が縞々になってきれいだ。巻き風が強く、手早く描いた。

この山には20年くらい前に2度ほど行ったはずだが、きつかった印象しかない。せっかくここまで来たら、丹沢山のほうまで宿泊していったほうがいい。登山者が多く、登山道の崩壊で、木道が整備されていた。
下りの大倉道はバカ尾根ともいわれるが、2時間近く階段歩き。膝の衝撃を少なくと、ゆっくり下りる私は次々抜かされた。

<最近読んだもので印象に残ったもの>
和田春樹「歴史としての社会主義」(岩波新書)
ソ連が崩壊しロシアになり、東欧がドミノのように西に吸収されていく。社会主義が敗北した、その時代のものだ。
ロシア革命から70年。ソ連の実態は、戦時共産主義というべきか国家社会主義、全体主義であった。著者はどうして、こうなったのか、そもそも理想としての社会主義・共産主義とは何だったのかと考察。マルクス以前にはいくつかのユートピア論があったとし、①バブーフらは「平等」を強調する。そのためには国家社会主義が必要、②オーウェンや後のフェビアン協会のような、友愛精神で自助努力をする工場や農場経営を実践する。
②は実験工場や農場をやるが、ほとんど失敗し、結局①の方式が「空想から科学へ」として、ロシア革命その後アジアでは中国やベトナムなどの民族独立と国家社会主義となった。
しかし、これが本当に理想であったのか。著者の思いは私も同じ。国家による社会主義なり、国家による資本主義、そのいくつく先は自由のない抑圧社会でしかなかった。完全な「平等」を求めたユートピアではうまくいかない。ではをどう構想するか・・・・・・・・著者も「わかりません」というところ。

陳舜臣「漢古印縁起」(中公文庫)
著者は台湾華僑の3世で、アヘン戦争や日清戦争などの小説をたくさん書いている。
本書は中国の古美術品を蒐集する旧家との親交話の連作で、漢代古銅印鑑をめぐる秘話と清末に散逸した敦煌の多聞天の絵が蒐集されているが、これは本物か贋作か・・・・・・謎解きものでもあり、面白い。
日中の歴史は2千年にわたる長いもの。お互いを知り、尊敬しあう関係であってほしい。著者の思いはそういうことなんだろう。
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和田 伸夫

Author:和田 伸夫
全石油ゼネラル石油労働組合の事務局長をしています。
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