関東大震災、領国へ行った

9月1日、関東大震災から94年目。大災害の混乱に乗じて流言飛語があって、町々の自警団が朝鮮人などを殺した。普通の都民が目を吊り上げて、朝鮮人らしきものをみつけ、竹やりで殺した。そういう恥ずべき事件に対し、小池都知事はことし、朝鮮人虐殺への哀悼を拒否した。そして新聞によると、右翼も虐殺をおちょくる集会を開くという。

それで、私は腰痛をおして両国の横網公園にいった。両国は初めて行くところ。国技館や安田公園などをみて横網公園に10分してたどり着いた。13時前なので、朝鮮総連の主催する集会だった。市民実行委員会による追悼集会は11時にあり、右翼の嫌がらせも同時刻にあったとのこと。右翼50に対し、カウンターは500くらいいたそうだ。
13時、総連の参加者は500人くらいいた。

横網の集会所
9月1日、公園は墨田区が全壊した悲劇を祈念する日だ。写真は慰霊堂で、町内ごとの華輪。
公園外は屋台が並んでいて、お祭りのようだ。
公園内の「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」には犠牲者名簿30巻ほどおかれていた。重い歴史を感ずることができた。

同じく園内の「復興記念館」には、震災と戦災の写真や様々な記録があった。その中で竹久夢二の作品を見た。
当時、彼は震災の現場をスケッチして回った。これはこの公園隣の陸軍被服工場の跡地での4万人近くが焼け死んだ、そのすさまじい様子を描いたものだ。
竹久夢二

こういう惨劇の中でデマが流され、朝鮮人が殺された。夢二の絵にも、「自警団遊びをする子供達」と批判するものがあった。1000円で夢維持のパンフが売られていたが、事務員がたまたま不在で買えなかった。
横堀公園
朝鮮総連の慰霊集会が終わったところで、朝鮮人慰霊碑を拝んだ。

明日は荒川土手での朝鮮人遺骨の慰霊があると誘われた。何とか行きたい。




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