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琵琶湖の奥には観音様がたくさんいらっしゃる

奥琵琶湖の長浜には観音様が集落ごとにいらっしゃり、大切に守られている。
14日が年1度の御開帳とあって、夫婦で前日から行った。菅浦という集落は東西に関所(四足門)があって、部外者とは隔絶した民俗学の宝庫。湖岸に張り付いたところに石垣で家屋敷を立てている。その近くのつづらおという国民宿舎に泊まった。
宿の前は竹生島がすぐそこに。
竹生島前に

永原駅の近くにある、黒山の石仏群は、賤ケ岳の合戦で負けた柴田勝家の関係者が祭ったものだ。明治の仏教排斥にあって、神社にあったこれら石仏は山に捨てられ埋められていた。写真のように掘り起こされ、並んだのは昭和になってからという。
黒山の石仏群
なんともむごいことだ。布切れをつけた仏さんの顔は、ほとんど滑らか。狭い一画だが、不思議な厳かな感じであった。

お寺を見て回るといっても数が多い。隣の高月駅からのコースの方がたくさんあるが、私たちは木之本駅からのバス巡回にした。赤後寺、大澤寺、黒田観音寺などを見たら、もう帰りの電車の時間。3つが限度だ。稲刈りが終わった風景を歩き、仏さんを守る地元の人の世話活動の嘆きも聞いた。大澤寺では鳥居などに大きな杉が倒れていた。この前の台風跡だ。
なお、見た限りでは神社と寺は横並びに仲良くあり、黒山石仏のようなことは珍しいんではないか。


飯島和一「星夜航行」を読み終えた。上下本の大作、とても面白い歴史小説だ。
家康に殺された長男・信康の小姓であった沢瀬甚五郎をめぐる物語である。南蛮貿易とは東アジアの貿易であり、それを支えた人的交流がすごかった。もし鎖国政策がなければ・・・・・・・。
秀吉の無謀な朝鮮侵略に正面から反対する者がいず、結果、朝鮮に多大な被害をもたらし、日本の兵・民も10万人死んだ。ただし、日本人は「降倭(降伏した倭兵)」として南無観世音菩薩の旗を掲げ、朝鮮軍に編入され、豊臣軍との闘いに参加した。そして朝鮮の民となったんだろう。
小説を読みながら、4世紀前の東アジアの平和と安全を考えた。

東アジアの平和を考えるのに、
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