秋祭り

登山から帰った翌日、バケツの稲は水が切れ、枯れていた。今年こそは咲かせたい皇帝ダリヤは暑さのせいか虫のためか突先が枯れていた。義母に水遣りを頼んでいたのに、とブツブツ。
ゴーヤーは高いところに3つ巨大になっていたので、脚立にのって採った。狭い庭だがおもしろい。
オランダ産のウサギの健太(実はメス)は最近穴を掘っているが、大雨と猛暑への対処なのだろう。片目をなくした柴犬の花子は、年のせいか眠ってばかりだ。

夕方、町内会館で氷川神社御禮祭の集まりがあった。数軒の回覧板担当の私にも「幹事」として招請があった。私を除く20人くらいはみな知り合いのようだ。9月18,19日のお祭りの役員や日程を決め、私は子供神輿の警護役となった。法被を注文した。

缶ビールで祭りの成功を期して乾杯。町内会長からは、幹事として出席要請をしても来てくれたのは貴方だけでした、と感激された。新住民がイベントに参加するチャンネルが難しくてね、とも。最近は神輿の担ぎ手が少なく大変なんだと期待されたので、「いえいえ私は腰のほうが・・・・」と逃げる。「飲んでください、これをを機会によろしくね」と意味深な缶ビールをいただき、帰路に。地域になじむには面倒なこともあろう、な。

吉村昭のこと
吉村昭の随筆「死のある風景」を読んだ。彼は東京爆撃や結核を生き延び、3年位前になくなった。そのつらい経験を淡々と書く。「風景」は10の思い出。戦争末期、中学生の優秀なものは予科練にいき、「なぜお前は行かないのか」とつめられた経験。隅田川を死体の筏が流れていく様子。病棟に入り込んだカマキリを窓から逃さなかった、「干からびてしまっただろう」と悔やむ。

私は吉村の作品はかなり読んだ。ある時まで、時代や環境に従順で世の中を変えていく、そういう志向のない人とみていた。でも違うのではないかと最近思っている。

戦時中、らんちゅうの好きなおじいちゃんを書いた短編がある。この金魚を飼うのは大変難しく、冬の寒さよけ、夏の暑さ、そして卵から孵った後の世話・・・・。近くの人もその一所懸命さをほほえましく見ていた。しかし、空襲が激しくなり、余裕がなくなると、そんなくだらない道楽はやめろと圧力がかかる。ちょっと前までは子金魚をもらって喜んでいた米屋の親父などからだ。やむなく金魚の池は壊す。それからは廃人のようになり、バケツ消火訓練ではオソイと怒鳴られる。

そんなどこにもあった情景。戦争の実態などこういう本や映像でしか知らないが、吉村は死の直前を経験しただけに他者への思い・共感を伝えてくれる。

菅首相は、広島で核廃絶を言いながら、一方で核抑止が必要といったとか。それでどうして北朝鮮を批判できるのか。IEAに加盟すらしないで核実験をしたインドに平和的な原子力協力をする?一体お前さんは何を考えているんだ。

8月は戦争と平和を考えるいい時期だ。

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チングルマの咲き終わり。宮沢賢治は翁草と命名した。
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和田 伸夫

Author:和田 伸夫
全石油ゼネラル石油労働組合の事務局長をしています。
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