井伏鱒二「徴用中のこと」で書き足りなかった

私は井伏鱒二が好きである。広島の黒い雨はいい本だ。でも、いいたい。自由を侵すものにはもっと抵抗すべきだった。この本を読むと、軍人が威張るのをいやだな、でもそれに従わざるを得ないとあきらめている。当時の普通の市井の民の感覚はわかる。

太平デモクラシーから日本軍国主義にいく過程は、10年にも満たない。貧しかったこともあるが、労働者も農民も元気だった。夢のようなロシア革命も背景にあった。それが不況・軍人跋扈・満州侵略と一気呵成に動いた。時の権力による圧政があったにしても、なぜ国民300万死に、アジアでは2000万といわれる犠牲をもたらす太平洋戦争にまで突き進んだのか。

井伏の著をみると、結局「しょうがない」としか読めない。良質な文化人でもこうなのか・・・・・もっと早く声をあげるべきであった、そうしたら黒い雨の悲劇はなかったはず。でも彼はそうは書かない。

話はもっと小さいのだが、石油業界に降りかかっているMETIの設備削減命令に対する労働者の対応とすごく同じ感じがする。需要減退・過剰設備で大変なことは皆わかっている(だろう)。だから競争力をつけ効率を改善しなくてはならない。でもだからといって、「装備率」などというわけのわからない目標を義務化するのはおかしいだろう。各企業には大体組合があるし、その多くが時の政権を支えるナショナルセンターにも加盟している。にもかかわらず、何も声をあげない。JEC石油部会(産別の上部団体)の官報には、METIと産業政策を話し合ったとある。でも、その内容は何もわからない。

声をあげるべきときに上げろ。
あとではあげられなくなる。
あの時いっておけば・・・・では遅いのだが、歴史はその繰り返しのようだ。

派手にフレアーから炎をだすは
川崎工場の200号地のケミカルが今スタートアップ中だ。10時半頃、フレアースタックから炎が50m、黒雲が横に噴出した。そう5分くらい。派手にやるなと見ていた。
住宅地に近い堺工場ではとてもやれないだろう、とみていたら、やおらヘリコプターがやってきた。会社が連絡したからか、消防が監視していてわかったのか?5分くらいグルグル。
その後も近くのスチームの安全弁が拭いたり、水素が多い噴煙をフレアーで燃したり、大変なようだ。

羽田空港のこと
1年前退職し別の会社で働いている友人から最近きたメール・・・・カタール石油公団がベトナムに石化の大幅投資、羽田のハブ空港化、こういう記事をみるとなぜTGは羽田へのパイプラインやTCC/ユニカーのケミカルを飛躍することを考えないのか、情けない。

こういう話を以前は労使で話をしたのだが、今はなかなかできない。よっぽど組合の側に知恵袋といったらいいか、勉強をしないといけない。

明日は八ヶ岳へ
明日、明後日と1泊で八ヶ岳へ、82歳になるSさんと行く。かれはもう10回以上登っている。しかしいくら元気でも、これが最後かなともいうので同行する。
彼は満蒙開拓団で半年後に敗戦、シベリアへ抑留された。幸い1年で戻り、その後、船員そして船員労働運動のプロというか、海員組合の左翼バネであり続けた。巨大鉄鋼船が野島沖で真っ二つに折れ沈没したボリバー丸事件勝利、竹中君という私と同級の機関長の解雇を撤回させ、自衛艦「なだしお」にぶつけられた漁船船長の裁判支援などやってきた。私も専従のとき、その応援をした。

国会でようやくシベリア抑留者への国家支援が通った。当時中学生だったSでさえ80を越した。満州北部の植樹を続けている。
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