なるほど、原発事故は未来を奪ったんだ

今朝の東京新聞の”時代を読む”に、内山節が「未来の時間を破壊した原発」を書いている。
私とほぼ同世代の哲学者。大体、彼の著書は読んでいる。
渓流釣りから山村に居を構え、都市と違った時間の流れを経験し、われわれが便利さは得たが、一方で失ったゆったりした人間と自然、人間と人間の関係をみつめる。あるいは、えごちゃく曲がって流れ、緩急交じる自然の河川に対し、近代の河川への工作はまっすぐにして水を早く流す。これがいいのだろうか?と批判する。

新聞記事を紹介する。
原発事故は、福島の未来の時間を破壊した。無人化した町は、親から子、孫へとつながる人間の営みとともに、時間自体を失ったのだ。
「・・・破壊は創造のためにあった。江戸幕府が明治の新体制の創造へと向かい・・・・高度経済成長以降の日本の変化に問題点を感じる人々も多くなった。だが、破壊と創造が一体のものであったことは確かだ」「今回の原発事故では、創造なき破壊が発生してしまった」「過去の時間と未来の時間をつなぎながら働き、暮らす。このことを共通の確認に出来ない社会は、いずれ破綻するに違いない」。
同感だ。


台風というには静かな雨が降る日曜日だ。傘をさして高尾を歩いた。雨の山は人が少なく、霧が立ち。泉鏡花「高野聖」のような雰囲気であった。
明日は台風一過になるか?バスで小川山(2400メートル)だ。
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