良かった、昭和シェル労組

昨日、全石油昭和シェル労組の争議解決パーテイーがあった。霞ヶ関ビルの35階に200人ほどが参加。Ouからは野井委員長と私、それにOBの佐藤さんが出席した。

71年の組合分裂から40年の労使紛争が昨年末和解した。解雇や処分がない変わった争議で、組合員の差別的な処遇、暴力事件などがずっと続いた。女性差別裁判では勝利し、賃金差別も労働委員会では勝ったが、地裁で負けた。そこらの経過が手際よくPCで報告された。
委員長によると、昨年の5月に大阪差別事件で高裁逆転勝利があり、秋に2カ月連続闘争を設定した。本社ビル内の座り込み1日目に会社から委員長に和解の話があり、その後、2カ月間の話し合いで和解に至った、とのこと。

私は、高級な東北の地酒を、甘いか辛いかしかわからないのに、ばかばか飲んだ。
見知った顔が多い。
シェルの組合員Tから、「和田さんはシェルが解決するなんて思っていなかったでしょう」と聞かれた。
そうね、絶対永続争議で組合員が定年でいなくなって終わるしかないと思っていた。よもや東京高裁で逆転するとは! 物事はあきらめないことだね、とにかくおめでとう。

最近、国鉄の争議がほぼ終わった。国鉄の分割民営化に反対した国労へのしっぺ返しで25年前、北海道や九州の組合員が1000人余解雇された。わたしはずっと支援してきたのだが、この数年距離を置いてみてきた。労働委員会で不当労働行為と認定されたのに、東京地裁でその行政命令が覆された。それから国労組織内で混乱がおきた。闘争団が分かれ、組織と別に裁判を起こすなど、など。
昨年、民主党政権に変わったところで、本件は金銭解決した。その付帯として1000人中300人ほどの雇用斡旋努力があった。そして先月、その結論が出た。JRは拒否し、全員の雇用斡旋せずとなった。期待派裏切られたが、闘争再開というわけにはならず終結した。

解雇された闘争団の知り合いから、今度の復職ゼロをどう見るかと聞かれた。彼は不満のようだった。
「昨年金銭解決で応じた時点でもう結論は見えていたんじゃないの。復職・雇用に焦点を絞るなら、安易な部分解決に応ずるべきではなかった。JRにとっては初めから拒否の結論が決まっていた」と私。
当時の国労幹部を批判し、金ではない、雇用が大事と吹きまくった人たちの責任は当然あろう。当事者が、藁をもつかむつもりで2段階解決を夢見ていたとしたら、それは甘かった。

北見闘争団の中野君と久しぶりにあった。「おい若いな」と私。「もう39歳ですよ、徳島の池田で物販斡旋活動をやっている」とのこと。25年の争議、本当にお疲れさん。


呑み助は原発反対デモに
パーテイーのあと、全国一般南部の平賀委員長たちと10人、虎ノ門の飲み屋に入った。そこで、夕方に原発とめろの集会が新宿公園である、そこへ行く話しになり、行った。堺から来た野井とはゆっくり話をしたかったが、戦いのためバイバイ。

19時、丁度デモが公園を出たところに間に合い、入り込んだ。だから全体がどのくらいかわからない。たぶん1000人くらいだろう。
警察がうるさいこと、早く行け、前へつめろ、もっと歩道側によれ・・・・・・・・ウルサイぞ。そのうちにビニール紐を伸ばして右側を規制。「廃炉」「廃炉」の掛け声よりもうるさい若い警察官・・・・・・・「この餓鬼、うるさい、静かにせよ」、声がかれてしまった。

解散後、区役所裏でまた小一時間飲んで、散会した。10時の新宿は人の渦であった。

帰ったらノルウエーの惨劇を知った。どうして80人も殺せるんだろう。恐ろしいことだ。
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