年には勝てぬ

昨日、駅伝大会に向けての昼休み練習があって、構内1・7キロを走った。前回と違って初めから飛ばすので負けてはおれぬと、ついていった。8分50秒。前回が10分20秒と格段の進歩だが、しばらく息が戻らなかった。1時間もしないうちに内腿は痛むし、とにかく疲れた。

帰りのバスで飲み友達と鉢合わせ。明日は祝日、そのまま帰る雰囲気ではない。日本酒をぐびぐびやっていい調子になって帰った。山手線では隣の年寄りが眠っているので、下車駅を聞いてやった。池袋というので、ゆっくり休んでいいよ、私も同じだから・・・・・・池袋の駅で、その紳士に降りるぞと起こされた。

今朝は二日酔いと節々が痛く不調。横浜桜木町での土井一清氏の偲ぶ会が12時からある。それまでの間、うとうとまどろんだ。
土井氏は海員組合の会長をやった方で、70年代に40日?の長期ストライキを指導した。86歳、3月20日になくなった。もう20年のお付き合いで、にこにこ笑って焼酎を飲む人だった。

「なだしお」事件の事務局長的な役割を果たしていたときに船舶部員協会の事務所でお会いした。海のことで陸の労働者が応援していることに「ありがとう」と感謝された。右翼的な労働組合の同盟の中で、海の平和と人権を大事にしてきた。戦争体験と漁船労働者の組織化をしたのが原点だと、偲ぶ会の冊子でわかった。偲ぶ会には海員組合OBや当時の船会社役員そして農水省役員など160人が出席していた。誰でも友達にできる怪物だった、と思う。
2年前になんかの祝う会でお会いしたのが最後だった。1代記は小説になる、そういう懐が広い人だった。
会場には知人は数人しかおらず、彼ら船員OBは久しぶりの知り合いとの話で忙しく、ゆっくり旧交を温められなかった。だるいし、2次会を誘われる前に帰った。

桜木町駅の海側は大変身し、運河沿いがきれいになっていた。
35年前、神奈川県労働委員会で組合川崎支部は不当労働行為事件を提訴し争っていた。審問のたびに半休し傍聴した。そして、労働委員会の勝利命令で会社が争議をまとめる決心をしたのだった。
今日は、その建物周辺を運河をはさんで裏から見ながら歩いた。ランドタワーなどの高いビルが並び、遊園地や明治時代の倉庫も観光施設になって隔世の感をした。
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