秋闘の回答があった

昨日、会社から秋闘の回答があった。1月前に提出した質問状への返事だ。
最も関心のある2項目の経営施策について。1つは、EMの下流部門売却の動きと日本への影響、2点目はMETI(経済産業省)の命じている製油所装備率アップへの対応。

昨年も同じだったが、回答はいずれも「木で鼻をくくる」式のものではあった。ただし、「協力会社を含めた雇用責任を組合が強く関心をもっていることは理解している」とか、労使とも長期的な発展を見据えていることに変わりがないと重ねて表明し、かつ労使関係を尊重すると改めて述べていた。

単純な私は文面を見て、EMの日本売却話は当面遠ざかったかなと思ったりした次第。

<回答>
①売却話:噂や市場観測にはコメントしない。会社は、従業員を含むあらゆる利害関係者の利害を常に検討している。雇用責任の努力を継続していく。
②装備率アップ:期限の14年3月まで余裕があり、昨年METI提出の複数検討案以上に伝えるものはない。どの計画を実行するか最良の判断をする。貴労組が従業員に加え協力会社の従業員の雇用について強い関心を持っていることは理解している。

息子が半年振りに顔を出した

長男が24日、我が家に帰ってきた。1週間の休み。北海道のホテルに勤務先を変えて1年がたつ。まもなく30歳。バブル崩壊、経済停滞そういう中で就職期を向かえ、特にコレをやりたいわけではないので、大変だった。大学は出たけれど、就職先がない。それで料理学校へ1年通い、手に職をのコースへ。
都内のイタリア料理店に就職したが、早朝から深夜までの超長時間、3カ月たったところで上さんは「止めないと体を壊す」と退職を説得した。それが5年前。それからいくつかのお店を経て、のんびり北海道に行くか、と旅立った。

私は18で浜松から札幌に行った。何かしたいというよりも浜松から遠ざかり、親から離れ、一人で生活したかっただけのような感じがする。
息子の場合も、このまま東京に居ると母親離れがしないと思ったのかもしれない。私は父親だから、居候を続けられると困るな、と心配していたのだ。

今年2度目の帰郷。家に帰ったからといって1年前と同じ。自立したなと惚れ惚れするものはない。漫画を見ているだけ、何も変わっていない。・・・・・大丈夫かなこいつ、である。

これから孫を含め、池袋駅近くのレストランで昼食である。
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コメント

私は協力会社の者ですが、和田さん、本当に協力会社までご心配頂き、会社に質問いただきましてありがとうございます。  
正直、和歌山か堺のいずれかを閉鎖して、川崎を縮小なんて噂を聞いていると心配でした。
結果はともかく、継続して声をだすことの重要性をあらためて認識しました。

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