故郷のこと、袴田事件

元ボクサーの袴田巌死刑囚の冤罪が濃厚になった。というのはまだ早いか。

1966年に清水で起きた味噌工場の一家殺人事件で、従業員の袴田氏が犯人とされ、警察やマスコミの集中砲火で自白し、死刑判決を受けた。事件当時から彼が犯人とするには無理があるといわれながら、再審請求も棄却されてきた。本人は狭いところに拘禁されて精神異常を起こし親族さえあわない。もう80歳近く。
お姉さん、静岡の救援団体そしてプロボクサー団体が再審無罪の運動を続けてきた。

最近の報道によると、1年後に味噌樽からみつかったとされる被害者のパジャマの血痕が袴田のDNAと違うことがわかった。これで再申請求、裁判再開の可能性がでるという。是非そうなってほしい。
「気の荒い遠州者だから、やったんだろう」と警察
1970年、掛川西高校で高校生が40人ほど退学処分をくらった。
浜松の高校を1年前卒業し札幌で一人前に学生運動をしていた私にとって、いわば故郷の掛川で頑張っている彼らを、負けるなよと見ていた。でも、あの小さな町で彼らは完膚なきまでに負けた。

その中の一人と偶然に10年程前知り合った。青雲の志そのままに、今もって革命を目指すいい奴だ。腑抜けになってはいけないなと、彼をみると「反省」する。私がやれることは飲みだいを出すくらい。

半年ほど前飲んだ席で、袴田事件の話になった。
ボクサー崩れだから殺したとの自白強要は、衆知のこと。彼によると、その上で、清水の刑事は「遠州者は荒くれ、やったんだろう」、そういって攻めたという。

袴田氏の生まれは湖西あたり、浜松の更に西で三河に近い。静岡の警官め、そういったのか、ふざけるなと2人で飲んだ。

精神薄弱な赤堀さんを死刑判決した島田事件といい、袴田事件といい、静岡にはでっち上げる風土があるのかいなと思ってしまう。でも、それは違うんだろう。問題をほっておかない救援団体があったからこそ顕在化させた。冤罪事件の多くが埋もれてしまったに違いない。

静岡県という小さい地域でも、駿府と大井川を越えた遠州では互いを見る目が違うようだ。
遠州の空っ風、「やらまいか」、森の石松・・・・気性の荒さはともかく、これが犯人決め付けの理由にされてほしくはない。
袴田事件の再審を願う。
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コメント

石原知事が尖閣諸島を買い上げの検討と。中国や台湾にいちゃもんをつけられることはないですが、都民の税金の使い途としては、甚だ勘違いかと。政府がしっかりしないと、自治体までもが暴走してしまい、戦前の軍部や関東軍の暴走を連想させますね。

竹島も尖閣も領土問題は感情的になっていやですね。北方領土のようにロシアが強奪しているのと違って、それぞれ言い分はあるわけで、国際司法裁判みたいなところで白黒決めるか、両者の共有にすればいいんじゃないかと思います。

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和田 伸夫

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全石油ゼネラル石油労働組合の事務局長をしています。
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