わが家での休日

沖縄、釜山と2週連続して週末を家にいなかった。6月2、3日は、久しぶりの東京のわが家。土曜日は掃除をし、延び放題の金木犀をぶった切ったら1日が終わった。孫たちが来てにぎやかな夜に。

日曜日は夜中に小雨。DV「こっこ ゴミゼロ作戦」をみてから高尾に行く。
どうも、調子が悪い。前日の剪定作業で使わぬ筋肉がはり、20年物の「山崎」ウイスキーをもらい、飲みすぎた。それでお山ハイキングに。高尾山口についたら12時、天候悪く乗客少ない。ちょっと来ぬ間に新緑は深い緑。雨が上がり、小鳥の声が多い。木からは時々水滴が落ちてくる。登山者が少ないので静かだった。

「こっこ ゴミゼロ作戦」
こっこ(COCCO)は沖縄出身の女性歌手。シンガーソングライター。拒食症、歌手休業。きれいな声の人でおしいな、それくらいしか知らなかった。
<DVDの紹介>
沖縄に戻って、海にごみが散乱しているのでゴミを回収するのだが、一人でやっても高が知れている。それで彼女は中学や高校にいって「ゴミゼロ作戦」を呼びかける。みんなで歌うコンサートを企画。歌を通してゴミ投げ捨てをやめ、ゴミを集めよう、と子供たちに刺激を与える。DVDはその過程をとったものだ。

「沖縄の人はみんな誰かのせいにする。基地があるから・・・サンゴはオニヒトデのせいで壊滅」。それじゃだめ、もっと主体的に生きよう。そういうメッセージだ。
たくさんの生徒たちがバックコーラスをして、ゴミゼロキャンペーンの立ち上げは大盛会。それを準備したコッコが大喜びし、おお泣きし、もらい涙をもらった。

高校紛争1969~1970
掛川西高校3年で18歳のとき退学処分を食らって、今現在も青雲の志でいる友人から、中公新書の「高校紛争1969~1970・・・語られなかったもうひとつの「闘争」」を紹介された。早速手に入れ、ほぼ読んだ。

私より1年下の高校生たちが、制服の問題や能力分けクラス編成、そしてベトナム戦争反対など様々に学校で問題を提起し、戦った。家族帝国主義が最も厳しかったというが、そりゃーそうだろう。読んでいて泣けたね。
みんな一生懸命やったのだが、大学生以上にめちゃめちゃやられ、後には何も残さなかった。ぺんぺん草もない。貴重な証言だ。

若さ故の一本木、でもそこで僕らが言わんとしたことを受け止める社会があれば、・・・・・悔しいがもっと風通しのいい自由な社会になっただろうと思う。そして私たちは、あまりにも経験不足だった。花と散ってもいいんだと突っ込み、そのようになってしまった。あのパワーが引き継がれていたらなー。

私は大学紛争で負け戦を経験したからか、どうせ勝てるわけがないという大局観、白けが奥底にある。そうはいってもお祭り男だから、上り調子になると「もしかしたら!?」などと期待をするのだが。
ペシミストの私でも、今回の原発再稼動には「そりゃーないよ」。福島の被害者がいるのに、関西では大飯原発再稼動ヨシだ。橋下のようなばくち打ちは潮目をみて手を打ったのだろうが、滋賀の女性知事には期待していただけに、残念としか言いようがない。

ドイツでは保守政権のもとであっても、福島事態を受け、原発は倫理的に問題ありとの結論を出し、脱原発を再確認した。後に続く世代に対し、放射能のゴミを解決することができない。そのような無責任なことは倫理的に問題あり、というのだ。

日本では夏のピーク時間の総計で、最長52時間停電の可能性があるそうだ。それだけで原発問題の議論はすっ飛んだかのようだ。

高校生たちが40年前、処分を覚悟の上、家族や教師、そして同級生たちからの非難や罵声をものともせず玉砕していった。それを受容できなかった日本という社会。今日、安穏と生きられたらいい。福島のかたがたはかわいそう、でも私たちには私たちの生活があるから・・・・・・そういう結果が大飯原発再稼動に、そして沖縄の普天間基地は今もそのまま続く。

悪い昨日であっても見直さず、今日、明日に。それが日本なんだろう。ペシミストだなー。
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まとめtyaiました【わが家での休日】

沖縄、釜山と2週連続して週末を家にいなかった。6月2、3日は、久しぶりの東京のわが家。土曜日は掃除をし、延び放題の金木犀をぶった切ったら1日が終わった。孫たちが来てにぎやか...
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