サッチャーが死んだ

イギリスの元首相サッチャーが死んだ。鉄の女、彼女はイギリス病を直した信念の人と評価されているようだ。が、私にとっては労働運動を弱体化させた天敵である。国営事業の民営化や炭鉱閉鎖。大量の失業者をもたらし、国の援助で成り立っていた地方や産業を一気に衰退させた。いわゆる新自由主義・競争原理がレーガンや中曽根とともに世界を席巻した。

時代とともに産業構造の見直しや規制の在り方も変わるべきだろう。だが、議論なしにそれを急発進させると社会に混乱を起こす。日本でも国鉄の分割・民営化で大量の労働者が選別され解雇された。200人ほどの自殺者をだした。国労の戦いは20年余も続き、少し前にほぼ終わった。
大規模スーパーが解禁になり、地方都市はどこもシャッター通りになった。
農業はもうからない、後継ぎはいない。耕作しない荒地が広がっている。山林はどこも伐採がないので荒れている。

全てが新自由主義のせいだとはいわないが、競争原理だけで社会が成り立つのか。

当時、イギリスでは労働者のいい映画ができた。炭鉱町のブラスバンドがイギリス1位になる話しとか、失業した若者たちが有閑マダム相手のヌードダンサー事業を始めるもの。労働社会の伝統の厚さが作った芸術だと思う。

でも残念ながら日本では労働もののいいのはできなかった。
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コメント

確かにサッチャーの手法にはいくつか疑問はありますが、サッチャーがなければ今のイギリスはなかったでしょう。同じくレーガンがいなければ、冷戦終結も遅れていたでしょうし、中曽根なければ、国鉄赤字はさらに膨大になったでしょう。国を変えるにはある程度そういったドラスティックな部分や冷徹な部分は必要ですよ。実際3人とも長期政権ということは国民からも指示されていたということだし。

国労の遵法闘争には苦労しました。

45年位前、高校と大学時代に国労の遵法闘争で国電が遅れて困りました。駅の手前で、前の電車が止まったままでした。国労で解雇された方には、申し訳有りませんが、当時は、自分勝手なデモンストレーションをしていると思いました。動労はもっと過激でしたかね。和田さん、正直な感想です。済みません。

Re: 国労の遵法闘争には苦労しました。

> 45年位前、高校と大学時代に国労の遵法闘争で国電が遅れて困りました。駅の手前で、前の電車が止まったままでした。国労で解雇された方には、申し訳有りませんが、当時は、自分勝手なデモンストレーションをしていると思いました。動労はもっと過激でしたかね。和田さん、正直な感想です。済みません。
いやごもっともな意見です。上尾暴動で乗客の敵意が国労に向かったわけで、遵法闘争は戦術としてみても全く間違っていたと思います。アピール効果をねらうことがいつの間にか引くに引けなくなってしまったのではないか。そして何も困らなかった「1週間の国鉄スト」。公共的な労働であれば、より一層、社会の共感を得ないといけないのだろう。夜郎自大といえばそれまでだが、今日の弱体化した労働運動では考えられないパワーがあったあやまちだったのでしょう。

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