4・28は沖縄返還デーだよ

沖縄の方には申し訳ないが、4.28はなんとも懐かしい。44年も前の18歳のときの話だ。

私が1969年大学に入って、すぐにあった政治的行動が4.28沖縄返還デーだった。北海道大学では、民青が強かった。学長が「暴力学生が4.28で封鎖行動に入るので防衛せよ」と大学防衛の告示をだし、2,3日前から彼らが泊まり込み態勢を敷いた。ロックアウトみたいなものだ。

新入生の私は教養部裏の恵迪寮に住んでいた。5人の同室者はべ平連やノンポリで、民青はいなかった。ピリピリする大学の動きを心配し、話していた。当日の朝、野次馬的に教養部前に行った。ヘルメットをした集団が30人ほど集会。それを民青やノンポリが蹴散らす状況になった。北大は南北に1キロほど長い。ヘル集団を「出てけ」とその何倍もの人間が構内を追走していった。みんな大学を守れという意識が強かった、すごく怒っていた。

クラーク会館を過ぎ、学生会館のところで追い出し行動が止まった。応援部隊を含め、確かゲバ棒を構えたんではないか。この先は大学正門で、もうここから先はないと、踏ん張った。その後、ヘルメット1人を何人もがとり囲んで討論が始まった。いくつもそういう話し合いに輪ができた。
そもそも今日の日は何か、沖縄が切り離されアメリカ占領にされた日じゃないか。アメリカは沖縄を返せ、沖縄からベトナム爆撃に行く、何とかしようよ、そのための行動日だ。学長声明はナチスの暴力学生と同じと断罪するもので許せない、そういう主張だった。

そういう議論を通し、「出てけ」といっていた学生が変わっていった。何に対し怒っていたか、考え直した。
1日で変わる、そういう体験をした。
夕方の北大からの沖縄返還を求めるデモは感動的だった。数千人のジグザグデモになった。北大からは初めての大量のデモだったそうだ。正門を出た市電通り、そこを人の波がうねっていくのはきれいだった。これが私の処女デモだ。
北大に戻る前の札幌駅前で機動隊に投石する人たちがいて、私はなぜかデモの末端になり機動隊に足をけられた。石が当たりはしないかとひやひやだった。1週間足を引きずった。浜松の実家にはデモに出たことを電話し、「もうあんな怖いことはしない」などと言い、親からも注意された。

でもすぐに学生運動の渦中に入っていった。

今や4・28が「主権回復の日」というから、ブラックジョークである。
いよいよ安倍カラーが出てきた。憲法9条を変え、戦争責任をあいまいにする姿勢。中国や韓国を怒らせ、米国にも注意を受けながら、どこに行くんだ。北朝鮮は安倍日本の動きにさぞ喜んでいることであろう。

懐古的に、あるいは冷笑的に世の中を見ていてはいけない。そんなことは重々承知。でも、行くところまでいかないとダメかなという気がしないでもない。

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和田 伸夫

Author:和田 伸夫
全石油ゼネラル石油労働組合の事務局長をしています。
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