沖縄から帰ってきました

25日午後の飛行機で沖縄に行き、今日は16時前に羽田に帰ってきた。
沖縄の南西石油労働組合の大会があり、招待されもしないのに押しかけ「頑張れ、ガンバレ」とあいさつに行った。南西はブラジルの国営石油会社ペトロブラス(PB)の子会社だが、PBのいい加減な経営に振り回され今はどこか買い手はないかいな、という状況だ。そういう中で7月にはスタートアップの点火時に加熱炉爆発事故を起こした。LPGガスが炉内に充満し、そこに点火をした。幸い物損だけで済んだ。組合員・従業員にとって先行きが見えないのはきつい。士気を下げる、そういう中で起きたと思う。

大会あいさつってのは難しい。友好組合、OUの事務局長としてこんあことをいった。
大変な状態できついけども組合はよく頑張った。爆発事故でメンテナンスにサボってきたのを反省し、PBは保全に金を使うようになっているようだ。これはいいこと。PBは南西の製油所をつぶさず、売り先をあいかわらず探しているはず。だから皆さんは、雇用を守るためにも事故のない製油所を維持してほしい。いずれいいことがある、今が頑張りどころだ。
マーそういうことを言った。
大会では新役員が決まった。かなりの変更で意外な感じがした。製油所が生き残れるかどうか、新メンバーが
対応してくれることを期待する。

大会を終えての飲み会は、気が付いたら12時を過ぎていた。翌朝は米軍・普天間基地前で1年間抗議している野嶽ゲートに行き、沖縄平和センターの事務局の方と会って、昼過ぎに帰る予定。それであわててホテルに送ってもらった。

野だけゲート
翌朝はオスプレイ配備に戦う人たちを見に行った。
県庁前近くのホテルからバスに乗って1時間。宜野湾市役所すぐの野嶽ゲートに10人ほどの抗議行動があった。お年寄りが多いかな。1年前の沖縄平和行進ではここでのんびり休んだのに、今は金網に囲まれていた。幸福の科学が、オスプレイファンクラブとかいっての妨害はあるらしいが、あっけらかんとやっていた。

私は帰るまでに平和センターにも行かなくてはならないので30分で切り上げた。そしてまた1時間かけて那覇へ。
那覇で平和センターに連絡したが、うまくいかず無駄だった。
牧志の市場によってみやげを買って空港に行った。

沖縄、今度はいつかな
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