キツネノカミソリ、なんだよ

7日夜バスの北アルプス行きは台風直撃で中止した。昨日も台風が北陸にいる状況。
で、今朝はいい天気、すごく暑くなるとの予想なので、家の中にいるよりもと高尾山に行った。改めて、林の中の涼しさを実感した。朝9時半に歩き、駅前のラーメン屋で12時過ぎ、3時間近く歩いた。
その後、新宿で吉田博の絵画展を見た。山の絵が多く、穂高や白馬、槍ヶ岳やヨセミテ、マッターホルン・・・・・・・山をこういう風にやさしく描けたらいい。
それから熱風の新宿ビル街方電車に乗って北池袋に着いたら、にわか雨だった。

ジャタキの岩タバコ
1月ぶりの高尾の蛇滝に、石清水の生える岩タバコの花がまだ咲いていた。いつもより随分遅い。

何かな?

高尾川沿いにキツネノカミソリ(ヒガンバナ科)が咲いていた。これが埼玉のどこかで群生しているニュースを見たが、高尾では初めて見た。


今日は長崎の原爆記念日だ。70年たっても、あの惨事を繰り返す危険がなくならない。人類ホモサピエンスとは何とも情けない。
12日は御巣鷹山にJALの飛行機が落ちた日にあたる。JALの争議団が羽田空港で安全と解雇争議の解決を求めて行動するので私も応援に行こうと思う。

ゆっくりな5号台風め!山行中止だ

5号台風がゆっくり北上している。私は明日2人で夜行バスに乗って上高地方面に行き、2泊3日の山行を予定していた。しかし、どうみても8日早朝は雨天だ。台風の進行によっては、大雨もありうる。マイッタなと思いながら、リュック詰めをやった。
昼のニュースで相変わらずのんびり台風の進行を見て、北アルプス山行は中止にした。心残り、残念。バス代が無駄になったが仕方がない。
普通は7月末から8月中旬まで高山が安定する時期なんだが、昨今、そうもいってられない。地球温暖化の影響かな、とにかく暑い。

今日は広島の原爆が落とされて72年にあたる。国連では原水爆の全面禁止が決議された。それに日本は核保有国とともに議論にすら参加しなかった。唯一の被爆国として核廃絶を訴えてきた被爆者、そして多くの国民を愚弄した。広島市民の祈る様子をニュースで見た。あの惨劇を風化させてはいけない。

北朝鮮の為政者は核実験やミサイルの武装化に励んでいる。時代遅れの封建体制を維持せんがための軍略で、経済制裁に締め付けられている国民は大変だろう。6か国協議が暗礁にあり、東アジアのかく乱要因となっている。北にとってはアメリカとの和平がねらいといわれる。ならば、アメリカは平和醸成のために和平会議をやるべきだろう。

トヨタとマツダが提携し、電気自動車を推進させることになった。自動車世界の方向は燃料電池ではなく電気自動車に決まった感がする。いずれにしろエンジン自動車は過去のものとなろうとしている。エネルギーロスが大きく、CO₂も大きい。JXTGにとって石油に依存する限り厳しい。電力へシフトといっても、京浜扇島の3,4号発電計画が東京ガスと折り合いがつかず計画中止になったばかり。衰退産業の経営者というのは本当に大変だと思う。

黒部太郎岳~槍ヶ岳②

北アルプス山行の詳細報告になりますか

27日の深夜バスで富山へ
新宿の長距離バスターミナルは、JR駅の南口「新宿バスタ」に整理された。夜行バスの便利さから、すごい人だ。10時過ぎ発。
バスではウトウト眠った程度。富山駅には5時過ぎについた。路面電車が走り、ゆったりしていい感じ。町中を外れると、青田の中にぽつぽつと防雪林?に囲まれ農家がある。こののんびりした風景は好きだ。

折立の登山口にはたくさんの自家用車が駐車しており、北アルプスの深部への人気がうかがえる。折立から太郎平小屋までは曇天の中、ひたすら歩いた。昼過ぎについた。
太郎平小屋から北俣岳方面
太郎平小屋から南方、黒部五郎岳の手前にあるの北股岳(2662m)あたりをスケッチした。北東にある薬師岳は霧がかかり、それでも描いているうちに雨になったので小屋に引き上げた。残念!

2日目、小屋~黒部太郎岳(2849m)~三俣蓮華小屋へ
いたるところに雪渓が多く残り、お花畑がきれいだった。
17年7月末、黒部五郎手前
黒部五郎への途中の道は、白いハクサンイチゲが両脇を飾ってくれた。
黒部太郎
天気は今いち、一瞬だが黒部五郎が見えた。写真をとって、その後スケッチした。この後、霧雨になって何も見えず。

黒部太郎から三俣蓮華の小屋までが意外にきつかった。
ナナカマドの花
秋、山を彩るナナカマドの花だ。

3日目、三俣蓮華の小屋~双六小屋~西鎌尾根~槍ヶ岳山荘・・・・・遠かった
3日目、三俣蓮華から槍山荘途中
西鎌尾根の中間、千丈沢乗越。ここから槍ヶ岳山荘まで2kmもないのに、その遠かったこと。雨は降るし、昨年の槍ヶ岳登頂の苦しさを思い出しながら、ヤメレバヨカッタ、ヤメレバヨカッタと足を動かせた。3時頃、私たちを抜かした若者が、「前を3人いるので驚いた。カッパを着てるし寒さ対策も大丈夫でしょう。小屋には3人遅れてくるから、と言っておく」とスタスタ登っていった。
600人ほど収容できる山小屋には、韓国人の登山者がたくさんいた。

4日目、朝晴れて槍(3180m)が屹立していた。
槍ヶ岳
頂上までは200mだが、岩角を確実に握りながらの登頂。垂直の階段が長かった。いずれにしても気持ちのいいものではない。
槍頂上、西鎌尾根を後景に
槍の頂上から、昨日私を苦しめた西鎌尾根を見下ろす。

それから下山だ。昨年、死にそうになって登った槍平コースを降りた。これがまたまた長かった。
4日目下山のシナノキンバイ
これはシナノキンバイ。山の花はきれいだが、疲れを忘れさせてくれることはない。

新穂高温泉では目的のバスが目の前を出発した。これに乘れないと帰れないかもしれないとので、タクシーで追いかけ、2つ目のバス停で捕まえた。そして、松本への特急バスに乗り、JRでスーパー梓に乘って、10時には我が布団に眠ることができた。

現在、手足口病で保育園に行けない孫2人のせわにつかれている。
以上






槍ヶ岳登ったよ

7月27日の夜行バスで富山に行き、それから折立へ。そこから3泊4日、北アルプスの黒部太郎、槍ヶ岳を登ってきた。
無謀といわれるかもしれないが、動ける間にはぜひ行ってみたかった。アルプスの深部、よくも歩いたものだ。制覇なんて格好良くなくて、とにかく山の猛者女性2人の足手まといをした。
ハクサンイチゲやコイワカガミにチングルマ。今年は雪が多く、まだ雪渓がたくさん残っており、花の見ごろだった。

折立~太郎小屋:大体5時間
太郎小屋~黒部太郎~三俣蓮華小屋:約11時間
三俣小屋~槍ヶ岳山荘:約11時間
槍ヶ岳山荘~槍頂上~新穂高温泉:約8時間
2日目と3日目は特に長く、いつ小屋につくか、雨まじりの中、重い脚を引きずった。4日目は霧雨晴れて槍ヶ岳へ。そして下山コースが思わず長かった。
2,3回にわけて山行の報告をするつもり。
今回は、昨年雨天で頂上をあきらめた槍ヶ岳の山頂を登ったことだけ。
「別に槍ヶ岳を登らなくても・・・・・」と言いながら、やはり登れるものなら登りたかった。
山荘から200mの岩山は気持ちのいいものではない。3点確保。とにかく落ち着いて・・・・・・二度と登りたいとは思わないが、とにかく念願達成できた。

さていくぞ、槍ヶ岳頂上へ
朝、ずっと悪かった天気が良く、これこの通り、魔の山が屹立している。登る人、下る人の列が見える。さて行くぞ

槍ヶ岳、頂上で記念写真
あまり渋滞もなく、狭い頂上で記念写真をし、西鎌尾根(双六~槍ヶ岳の稜線)を眼下にし、昨日の苦しい山道を実感した。

ということで、民進党の党首辞任、稲田防衛大臣の辞任だとか北朝鮮のミサイル発射などは全然知りません。

仙台市長選良かった

19日夜、私は地元の盆踊り会場作りの応援をしたので少し遅れたが、国会議員会館前の「戦争法通過の月命日=19日行動」に参加した。3500人といっていた。
現在進行形の戦時化、復興調、全体主義化を何とか止めたい、そういう思いは「月命日」しかない。
中国では民主化を求めた知識人がいわば獄中死し、その灰が海にまかれた。中国共産党という解放の組織がいったん権力を握ると、封建国家と何ら変わりない。魯迅も嘆いていることだろう。
中共の治世に比べたら、日本の自民党政権下は、反対できるだけまだいいのだろう。

23日の仙台市長選の結果は良かった。森友・加計疑惑で安倍一族が好き勝手に政治をやっていることが暴露された。稲田防衛庁の情報隠しが、実は軍人たちの真相隠し・恐ろしい軍人の独走であったようだ。共謀罪=治安維持法の復活とあわせ、戦前回帰のようなことになりはしないかという疑いが国民に広く知られてきた。そういう感じがする。

朝の稲取海
21日から2泊3日で伊豆稲取に家族旅行。1歳児を含め11人の大所帯で、我が家の夏の大行事は・・・・・・・終わった。朝の稲取の海は静かであった。

相模原の津久井やまゆり園の殺傷事件から1年になる。犯人の青年は、悔いず相変わらずナチスばりの優性思想の差別主義であるという。絶対に許されるものではない。
リンク