湯沢の雪は重かった

2日,3日と1泊で湯沢温泉に行った。シンガポールに住むT君夫婦を連れての旅。初めてスキーをやるTは怖がって全然滑れず、転んだら立ち上れない。高いスキー代になった。
先ずはゴンドラにのって500mあがった。当日は強い風が吹き、そこから初心者向きのコースに向かうリフトが止まっており、下りもゴンドラで下りた。山の上からは越後三山など山波がシロクロの水墨画の様できれいだった。

町なみ近くの低いスキー場のリフトには中学生の団体がいっぱいでなかなか乗れなかった。
滑るのをあきらめレストランでしけこむ二人をおいて、私はスキー代がもったいないので少しやった。上越の雪は重く、滑らず足を取られた。新雪のところはボカボカと沈むし、やりにくいこと。3回リフトをのって、やめた。
湯沢、ホテルから

ホテル6階の部屋からの写生。針葉樹だけ黒い世界だ。

湯沢、駒子
川端康成の「雪国」の舞台がこの町で、駒子のレリーフ前で

3日は雪が降る街中を歩いた。道路の雪を解かす噴水が中に威勢の良いのがあり、それが足を濡らす。雪を店先からどけたり、屋根の雪下ろしをみるにつけ、冬は大変なんだな。
東京駅で山仲間を交え会食し、浜松に帰る2人を送った。今度はサラワクの山旅に行こうかと話した。

本日は午後、OU千葉支部の春闘大会があり、それに行く。


ヒトラー独裁政権がなぜドイツで誕生したのか、なぜ国民は歓迎したのか

アメリカでトランプ大統領が誕生した。ツイッターで放言しまくり、最近では大統領令をだして7か国の入国禁止処置をとった。国際関係の常識をひっくり返し、アメリカの品位を著しく引き下げている。この暴君はジャイアンそのもので、ほしい物は自分の物、自分にたてつく者は、相手が悪いんであって、打ち負かすのみ。核のスイッチを大統領が握るというので、一体これから何が起きるか恐ろしい。

空港で抗議するアメリカの人たちに希望がある。「イスラム教徒敵視を許さない、500万人の抗議署名」がネットで回ってきたので、私も署名した。。

トランプ大統領になって、私はナチス・ヒットラーの誕生を連想し、この手の物を読むようにしている。
先週見た映画、「アイヒマンを追え」には、アルゼンチン逃亡中のアイヒマンが取材に以下答えている。命令されただけの官僚でしかなかったとテルアビブの裁判で証言したのとは違って、取材テープは多弁であり、居直っている。
1、ユダヤ人1060万人をすべて殺せなかった。これを中途半端であると批判されたら、確かにソウダ。
2、ユダヤ人を私は1人も殺していない。ただ列車に載せる計画を作ったのみ。これはドイツ空爆機に爆弾を搭載させた人たちと同じで、私が大量殺人者というなら彼ら空港作業員だってドイツ人を殺した殺人者だ。

石田勇「ヒトラーとナチ・ドイツ」…講談社現代新書、を読んだ。新書版で読みやすい。なぜ文明国ドイツにヒトラー政権が誕生したのか?これが副題だ。
副題が私の関心ごとであり、当時の時代やヒットラー独裁成立過程がよくわかった。
ヒットラーが時代を読む類まれな右翼政治家であり、彼を応援する枠組みがうまく回った/国際的にもチェンバレンのような無能な英首相が融和策をとり増長させた/殺されたユダヤ人の多くはポーランドやソ連など東の人たちで、ドイツの生存権拡大の邪魔になって処理した。云々<これをデンデンと棒読みする首相がいるらしい>
不満をいえば、著者の視点には左翼が何をしていたのかが欠落。ただ茫然と事態に振り回され、負けていったのか。彼らに何が足りなかったのか、それを知りたい。

本書の内容にこれ以上触れないが、1951年初期(戦後6年)の西ドイツの住民意識調査には驚いたし、何とも言えない怖さを感ずる(190ページ)。
「20世紀の中でドイツが最もうまくいったのはいつですか。あなたの気持ちに従って答えてください」という問いに、
40%の人がナチ時代の前半<ヒットーラーが首相になった33年1月30日~39年9月1日の開戦日まで>と答えた。帝政期45%に次ぐ高さだ。不人気なのがワイマール期7%、ナチ時代の後半期2%、戦後2%。

ワイマール憲法下の貧しい自由よりも、抑圧があっても国民が一体になり国としての自信がある時代。第1次大戦前と第2次大戦前、これをいい時代というのだ!
・・・・・・「アイヒマンを追え」の映画では司法や警察官僚トップがナチネットワークを作っている感じだったが、国民的なナチ時代への憧憬が払拭されていないのだ。民衆レベルでのナチ清算はできていないし、たぶん繰り返す。それはドイツかもしれないしほかのどこかでも

トランプを支持した白人労働者、過去の栄光を追い求める、その感情がナチス誕生をさせた当時のドイツと似ているのがヤバイ。当時だって、レイシストはほんの少数だったが、それが大勢になっていった。
トランプ旋風を一時のものと、甘く考えてはいけない。

明日から1泊で湯沢に行く。シンガポールに30年も住んでいる友人が連れ合いと帰国している。「雪を見たい」というので、雪を見せに行ってくる。スキーができるかな?

木更津自衛隊基地にオスプレイが来た

今日は木更津に行ってきた。OUのOBである地元の諸井君から木更津自衛隊基地にオスプレイが常駐するので、その抗議行動をすると連絡があった。おっとり刀で駆け付けた。
昼過ぎ、基地を前にした中之島公園でオスプレイが1機着陸するのをみた。
オスプレイ木更津
オスプレイは上空を飛んだと思いきや否や、着陸した。早い!基地には消防車が4台待機しているのが見えた。危険予知なのだろう。
オスプレイ反対の集会
抗議行動の宣伝に並んだ。
中之島公園に行くにはすごく高い歩道橋(日本一高いという)を渡るんだけど、風速20mくらいの猛烈な風が吹いていた。帽子を取って、体をかがめ、吹き飛ばされないようによちよちと歩いた。怖かったよ。

抗議行動を終え、近くの浜焼きでOUのOB4人で牡蠣や車エビを焼いて、昼間から酒を飲んだ。そのため帰りの電車はずっと眠っていた。

トランプ大統領が7か国国民の入国を制限した。大統領令なら、むちゃくちゃが通る、恐ろしいことだ。それにしても9.11の首謀者はエジプトとサウジのはず。政治・経済利権がある大事な、この2国は7か国に入っていない。極めて意図的な判断だ。

アルバイトを始めた

ほぼ1年、退職して何もせずに来た。
今年になり、心機一転、近くで花屋のアルバイトを始めた。週3回朝2時間。閉まったシャッターにバイト依頼があった。お金がほしいわけではなく、決められた時間働き、他人との交流ができればいい。
昨日、1月分の給与をもらった。時給935円、6時間なり。新入社員で初給料をもらったときのことを思い出した。

ドイツ映画「アイヒマンを追え」を見た。戦後の西ドイツではナチス排除、追及があってもそれは建前で、アイゼンハワー内閣の副首相からしてSS大尉?、警察や司法機関もナチス残党が横の連絡を取って残党狩りをさせないようにしていた。
この映画は実話。
ブエノスアイレスに逃げていたアイヒマンを検察長官が見つけ、ドイツでの裁判をしようとするがうまくいかない。そのためやむをえずイスラエルの諜報機関モサドに拉致を依頼する。国家反逆罪にあたる行動だった。拉致後、ドイツ政府がイスラエルにアイヒマンの引き渡しを要求し、ドイツで裁判をする約束になっていたのだが・・・・・・・・ドイツは引き渡しを求めず、代わりに兵器をイスラエルに援助・・・・・・当時のドイツ支配層やアメリカにとって忌まわしい過去の掘り起こしよりも、豊かな工業立国が主課題であった。
ユダヤ人であった検察長官は、そうした過去の忘却を許さない。
彼の姿勢はやがて若い世代に引き継がれ、ナチスによるドイツの負の歴史を正視させることになった。

私たちは「その後のドイツ」を知っており、孤軍奮闘した検事長に拍手をする思いであった。一方、わが日本では過去の戦争加害を直視できていない。

ブログ添付の写真が消えてしまった。
原因は添付写真のファイルを「重いかなあ」と私が消したため。私のミスだ。
バリ島から帰って、ほどなくの22日、中央線に乗って山梨は帯那山に行った。下山後、信玄隠し湯に入るのが目的ののんびり低山登山だ。富士山があって、甲府盆地は霧に覆われていた。
帯那山
帯那山から富士山

今日はOU川崎支部のOB会だ。

電車に忘れたリュックが戻った

先週18日早朝、バリから帰国した。成田空港から京成線に乘って、カメラを入れたリュックを車中に置き忘れてしまった。日暮里、上野に行かず、都営線線とつながっている電車のため、東日本橋駅であわてて下車したためだ。ボストンバックばかり気にして、座席上においたリュックは忘れた。電車を待つ間に気づき、駅員に連絡したのだが・・・・・・・連日、京成線の忘れ物センターに電話を入れたところ3日目の20日、リュックが届いていた。良かった。日本は他人の物を失敬しない、行儀が良い、いいところだと感謝している。
国外旅行の際は、荷物を1つ、あるいは身から離さない。これが教訓だ。
>アグン山、西峰?頂上のスケッチ

15日午後4時頃。3000mのアグン山を下山し、遅い昼飯をレストランで食べた。山を背景に、見渡す限りの棚田が広がっていた。
バツールさん途中の山小屋からバツールさん途中の山小屋から

16日、バツール山1717mは、避暑地キンタマールにそびえる火山で、何度も爆発、溶岩流を繰り返している。最近では50年前。2時間くらいの登り。日の出を見る観光客が多かった。このスケッチはあと少しで頂上という避難小屋から見上げたところ。
バリの海中散歩17日の現地最終日、ビーチに行った。アクアラインをつけ海中散歩。熱帯魚がパンを目当てに寄ってきた。
バリの海に飛ぶバリの海に飛ぶ

モーターボートにひかれてムササビのように飛び上がる。私はこの後ろに寝ている。
マリンスポーツは、短い時間で次々とメニューがあって、高いものになる。

このパソコン不調につき2日間外部との連絡が取れなかった。それで娘を介し、修理業者に頼んだ。Wi-Fiの機械がおかしいと取替えた。1年の保守契約も頼み、4万余の思わぬ出費となった。これでとりあえずOKだ。

和歌山工場の立て続きの火事。原油タンク火災はたぶんスラッジ中の硫化鉄の酸化発熱だろうが、潤滑油プラントの方は何だろうか?いずれにしても同じ製油所で連続して火災とはどうしたことだろうか?
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